【研究紹介】新人看護師の臨床判断プロセスの概念化-健康歴聴取場面におけるケア決定までの判断-
看護アセスメント学研究室 藤内美保
CorcoranのClinical Judgmentの視点から考察すれば、新人看護師の思考は二重構造となり、マニュアルから情報を得るという合理的見方と自分の力量から患者をみるといった現象学的・解釈的見方の両者が同時に存在していた。合理的見方では、理論的知識としてルールや理論的理由づけをしようとするもの、現象学的・解釈的見方としては、コンテクストという関係者の情緒あるいは意図、考え、行動などの環境要因に照らし合わせてみていくものである。合理的見方と現象学的・解釈的見方の両者を並行的に思考しようとすると、どちらか一方の見方に重点がおかれ、もう一方の見方は希薄になる可能性があり、判断の構造が全体として不安的になりやすい。しかし合理的な見方をしても、認知過程や理論的知識の不足があれば、看護の方向性を導くことができにくい。また合理的見方、コンテクストの見方の両者に防衛的構えが存在することが、自分の立場から患者を捉えるという思考になっていると考えられる。

【研究紹介】低線量の放射線がもたらす初期のDNA損傷
環境保健学研究室 小嶋光明
1. はじめに
現代医療において、放射線を利用した診断(X線CT、PET-CTなど)は必要不可欠なものとなっている。これに伴い、今後、ますます放射線に被ばくする機会が増えてくると予想される。従って、放射線診断レベルで被ばくする低線量の放射線による健康リスクを明確にすることが非常に重要である。そこで、ここでは最新の実験手法を用いて低線量の放射線の影響をDNAレベルで解析した結果を紹介する。
2. 研究背景
放射線によって生じる遺伝子突然変異の誘発率は、線量に依存して直線的に増加することが知られている。しかし、実際の実験結果でこれを支持している部分は数百mGy以上の線量からであり、それ以下の線量でも同様な直線性を示すか否かは明らかではない。しかし、放射線の影響は線量が低くなればなるほど他の要因による影響と区別がつけられなくなる為、現状では比較的高い線量域で得られている結果を外挿して低線量域においても同様に直線性を示すと仮定している (LNT モデル)。しかし、近年、この LNT モデルに疑問を投げかける現象が次々と報告されてきた。主な現象としては放射線適応応答と放射線誘発バイスタンダー効果が挙げられる。放射線適応応答(低線量の放射線を事前に照射することにより、後の高線量の放射線照射に対して抵抗性を獲得する現象)はLNTモデルが低線量の放射線の影響を過大評価しているという説を、逆に、放射線誘発バイスタンダー効果(放射線を被ばくした細胞が近傍に存在する細胞に様々な生物学的影響を引き起こす現象)はLNTモデルが低線量の放射線の影響を過小評価しているという説を支持することを示唆した生物の細胞応答である。しかし、いずれの現象も低線量の放射線の影響を詳細に解析できていないため、可能性を論じるに留まっており、依然LNT モデルを見直すための十分な根拠にはなっていない。
これまでの放射線の影響研究では遺伝子突然変異や染色体異常を指標とするものが主であった。これらの異常を観察する為には、放射線照射後、細胞をある程度培養し細胞周期を進行させなければいけない。しかし、放射線によって生じた損傷は比較的早い時間帯で修復されることが知られている。また、その損傷を持った細胞が細胞周期の進行に伴いアポトーシスを起こすこともある。これらのことを考慮すると、遺伝子突然変異や染色体異常は観察できるようになるまでの間にその生成がある程度抑えられてしまっていたのではないかと思われた。これにより、これまでの放射線の影響研究では、低線量域での影響の解析が困難であったのではないかと考えられた。従って、低線量の放射線の影響を解析する為には放射線照射直後の影響を瞬時に観察するしかない。 ![]()
放射線による初期損傷の一つとしてDNA二重鎖切断が知られている。近年、DNA二重鎖切断が生じると、その部位で毛細血管拡張性運動失調症の原因遺伝子であるATMがリン酸化し、フォーカスを形成することが報告された。このリン酸化ATMのフォーカスは放射線照射後細胞周期を進行させることなく、その場で瞬時に観察することができる特徴がある(写真)。このことから、本研究ではリン酸化ATMのフォーカスを指標にすることが低線量の放射線の影響を解析する為に非常に有効であると考えた。
そこで、本研究では低線量(特に100 mGy以下)での放射線の影響を解析することを目的として、ヒト正常胎児線維芽細胞に1.2~100 mGyのX線を照射し、リン酸化ATMフォーカス数の線量反応関係を検討した。
3. 結果&考察 ![]()
1.2~100 mGyにおけるリン酸化 ATMフォーカス数の線量反応関係を調べた。その結果、20 mGy前後で傾きが異なる線量反応関係を示すことが分かった。(図1.の●)。なぜ低線量域でこのような線量反応関係になったのだろうか? 本研究では放射線誘発バイスタンダー効果が関与しているのではないかと考えた。そこで、この可能性を検討する為に、放射線誘発バイスタンダー効果の誘導に関与していることが知られている細胞間接着装置の一種であるギャップ結合をリンデンで阻害し、リン酸化ATMフォーカス数の線量反応関係がどのように変化するかを検討した。その結果、1.2 mGyから100 mGyまでリン酸化ATMフォーカス数が線量に依存して直線的に増加することが分かった(図1.の○)。このリンデンを投与した群で観察されたリン酸化ATMフォーカス数は、放射線が直接ヒットして生成したものである。従って、リンデンを投与しなかった群と投与した群で観察されたリン酸化ATMフォーカス数の差こそが放射線誘発バイスタンダー効果によって間接的に引き起こされたものを意味している。
そこで、バイスタンダー効果によるリン酸化ATMフォーカス数を調べるために、リンデン投与有無によるリン酸化ATMフォーカス数の差を求めた。その結果、この差が20 mGyまでは線量に依存して大きくなっていくことが分かった。しかし、それ以上の線量になるとリンデン投与の有無の差がほぼ一定になった(図2.)。この結果は、バイスタンダー効果が20 mGyまでは線量に依存して作用していることを意味している。従って、20 mGyまでの線量域では、バイスタンダー効果がDNA初期損傷数を増加させているために、図1.の●で見られた線量反応関係になったのではないかと考えられた。では1)20mGy以上でバイスタンダー効果の作用が飽和するのはなぜか?、2)バイスタンダー効果の生物学的意義は何なのか?これらの疑問を明らかにすることが今後の課題である。
4. まとめ
以上の本研究結果より、1)リン酸化ATMフォーカスを指標とすることで極めて低い線量域の放射線の影響を解析することが可能になる、2)DNA初期損傷の低線量域での線量反応関係は直線ではない、3)放射線誘発バイスタンダー効果は低線量域で線量に依存して作用していることが分かった。今後、放射線の健康リスクおよび LNT モデルを考える上でもさらに詳細に検討していく必要がある。
5. 成果発表
小嶋 光明、伴 信彦、甲斐 倫明:低線量X線照射によるDNA二重鎖切断にバイスタンダー効果は寄与しているか?放射線生物学研, 42, 213-219 (2007).
M. Ojima, N. Ban, M. Kai:DNA Double-Strand Breaks Induced by Very Low X-Ray Doses are Largely due to Bystander Effects., Radiat. Res. 170, 365-371 (2008).
【研究紹介】黄砂アレルギー
生体反応学研究室 市瀬 孝道
【はじめに】
黄砂発生地の砂漠化の進展、黄砂現象の拡大化、日本への飛来回数の増加が見られる中、花粉症の悪化を訴える人が年々増加し、昨今では黄砂アレルギーという言葉までもが生れまれいる。日本へ飛来する黄砂は、濃度は低いが粒子が細かく、飛来時期がスギやヒノキの花粉飛散時期と重なること、更に、小児等の気管支喘息が増加していることから、アレルギーへの健康影響が危惧され国民の不安が高まっている。ここでは黄砂のアレルギー修飾作用を、動物実験を中心に紹介する。
【黄砂の成分と付着物】
二酸化ケイ素(SiO2)が主成分である黄砂には中国で発生した煤塵や大気汚染物質由来の硫酸イオン・硝酸イオンが含まれている。また黄砂を培養液に入れると無数の生存微生物が発生する。これ迄の検査では呼吸器系に感染症を起こすウイルスやクラミジア、マイコプラズマ等は検出されておらず、またグラム陰性菌も殆ど検出されていない。その多くはグラム陽性菌や真菌類であり、芽胞や色素をもつ酵母菌類も検出されている。
【黄砂の肺におけるアレルギー増悪作用】
我々は黄砂付着物のアレルギーへの影響について検討した。有機化合物や微生物などの付着物を除去するために、黄砂を360℃で加熱処理した。この加熱黄砂あるいは非加熱黄砂を卵白アルブミン(OVA)と共にマウスの気管内に投与すると、肺胞洗浄液中の好酸球数やその誘導・活性化にあずかるサイトカイン(IL-5)類(図1)、血中抗原特異的-IgEやIgG1抗体価が加熱黄砂+OVA群より非加熱黄砂+OVA群で高い値を示した。この結果は加熱処理によって除去された成分にアレルギー反応を増悪する作用があることを示唆している(1)。

【黄砂のスギ花粉症増悪作用】
スギ花粉抽出抗原(JCP)に黄砂(AD)を加えてモルモットに点鼻するとJCP単独点鼻群よりも強い鼻閉症状がみられ、鼻粘膜は強い浮腫性変化と上皮の粘液細胞化、粘膜下組織や粘膜上皮内には著しい好酸球の浸潤(図2E,F)が見られた。鼻腔洗浄液中の好酸球数も著しく増加し、ヒスタミンやロイコトリエン濃度にも増加が認められた。これらの結果は、黄砂がスギ花粉症を悪化させる作用があることを示唆している(2)。

【国内外における調査研究】
韓国や台湾などでは黄砂現象時に呼吸器疾患による死亡率の増加やアレルギー疾患による来院患者数の増加が報告されている(3〜5)。我が国では福井大学のグループが2007年の日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会で黄砂によるスギ花粉症の悪化を、また、鳥取大学のグループが2008年の日本アレルギー学会(春季)と日本呼吸器学会でスギ花粉症や気管支喘息の悪化を報告している。
【まとめ】
我々は大気汚染物質由来の硫酸イオン(SO42-)にはアレルギー修飾作用がないこと(5)、黄砂の主成分の二酸化ケイ素にアレルギー修飾作用があることを報告している(6)。また、微生物の死菌等には抗体産生に対するアジュバント作用がある。このようなことからも黄砂に付着した微生物がアレルギー修飾作用に関与している可能性も考えられる(1)。最近、黄砂はバイオエアロゾル分野で微生物を運ぶ箱船としても注目されている。アレルギー疾患以外にも我が国に少なかった日和見感染症や食中毒を起こす病原微生物が黄砂に付着して運ばれて来ており、今後それら疾患との関連を注意深く観察して行く必要があるかもしれない。
【文献】
1) Ichinose et al. The Effects of Microbial Materials Adhered to Asian Sand Dust on Allergic Lung Inflammation. Arch Environ Contam Toxicol.2008. 2008. 55(3):348-357.
2) Ichinose et al. Asian sand dust aggravates allergic rhinitis in guinea pigs induced by Japanese cedar pollen. 2009. Inhal Toxicol. in press.
3) Yang et al. Effects of Asian dust storm events on daily admissions for asthma in Taipei, Taiwan. Inhal Toxicol. 2005. 17:817-821.
4) Yang. Effects of Asian dust storm events on daily clinical visits for conjunctivitis in Taipei, Taiwan. J Toxicol Environ Health A. 2006. 69:1673-1680.
5) Chang et al. Correlation of Asian dust storm events with daily clinic visits for allergic rhinitis in Taipei, Taiwan. J Toxicol Environ Health A. 2006. 69:229-235.
6) Hiyoshi et al. Asian sand dust enhances ovalbumin-induced eosinophil recruitment in the alveoli and airway of mice. Environ Res. 2005.99:361-368.
6) Ichinose et al. Effects of Aasian sand dust, Arizona sand dust, amorphous silica and aluminum oxide on allergic inflammation in the murine lung. Inhal Toxicol. 2008. 20:685-694.
【黄砂に関連したテレビ番組の紹介】
1. RKB毎日放送: 「黒い樹氷」平成21年4月25日(土)午前10時〜10時55分(福岡地区で放送)。この番組はRKB毎日放送の今林隆史氏らが「第50回科学技術映像祭」で内閣総理大臣賞を受賞したものです。他にTBS系列各局の中でも放送します。
2. NHK教育テレビ(全国放送):「黒い樹氷」平成21年5月23日(土)14時15分〜15時35分(80分)

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