【研究紹介】低線量の放射線がもたらす初期のDNA損傷
環境保健学研究室 小嶋光明
1. はじめに
現代医療において、放射線を利用した診断(X線CT、PET-CTなど)は必要不可欠なものとなっている。これに伴い、今後、ますます放射線に被ばくする機会が増えてくると予想される。従って、放射線診断レベルで被ばくする低線量の放射線による健康リスクを明確にすることが非常に重要である。そこで、ここでは最新の実験手法を用いて低線量の放射線の影響をDNAレベルで解析した結果を紹介する。
2. 研究背景
放射線によって生じる遺伝子突然変異の誘発率は、線量に依存して直線的に増加することが知られている。しかし、実際の実験結果でこれを支持している部分は数百mGy以上の線量からであり、それ以下の線量でも同様な直線性を示すか否かは明らかではない。しかし、放射線の影響は線量が低くなればなるほど他の要因による影響と区別がつけられなくなる為、現状では比較的高い線量域で得られている結果を外挿して低線量域においても同様に直線性を示すと仮定している (LNT モデル)。しかし、近年、この LNT モデルに疑問を投げかける現象が次々と報告されてきた。主な現象としては放射線適応応答と放射線誘発バイスタンダー効果が挙げられる。放射線適応応答(低線量の放射線を事前に照射することにより、後の高線量の放射線照射に対して抵抗性を獲得する現象)はLNTモデルが低線量の放射線の影響を過大評価しているという説を、逆に、放射線誘発バイスタンダー効果(放射線を被ばくした細胞が近傍に存在する細胞に様々な生物学的影響を引き起こす現象)はLNTモデルが低線量の放射線の影響を過小評価しているという説を支持することを示唆した生物の細胞応答である。しかし、いずれの現象も低線量の放射線の影響を詳細に解析できていないため、可能性を論じるに留まっており、依然LNT モデルを見直すための十分な根拠にはなっていない。
これまでの放射線の影響研究では遺伝子突然変異や染色体異常を指標とするものが主であった。これらの異常を観察する為には、放射線照射後、細胞をある程度培養し細胞周期を進行させなければいけない。しかし、放射線によって生じた損傷は比較的早い時間帯で修復されることが知られている。また、その損傷を持った細胞が細胞周期の進行に伴いアポトーシスを起こすこともある。これらのことを考慮すると、遺伝子突然変異や染色体異常は観察できるようになるまでの間にその生成がある程度抑えられてしまっていたのではないかと思われた。これにより、これまでの放射線の影響研究では、低線量域での影響の解析が困難であったのではないかと考えられた。従って、低線量の放射線の影響を解析する為には放射線照射直後の影響を瞬時に観察するしかない。 ![]()
放射線による初期損傷の一つとしてDNA二重鎖切断が知られている。近年、DNA二重鎖切断が生じると、その部位で毛細血管拡張性運動失調症の原因遺伝子であるATMがリン酸化し、フォーカスを形成することが報告された。このリン酸化ATMのフォーカスは放射線照射後細胞周期を進行させることなく、その場で瞬時に観察することができる特徴がある(写真)。このことから、本研究ではリン酸化ATMのフォーカスを指標にすることが低線量の放射線の影響を解析する為に非常に有効であると考えた。
そこで、本研究では低線量(特に100 mGy以下)での放射線の影響を解析することを目的として、ヒト正常胎児線維芽細胞に1.2~100 mGyのX線を照射し、リン酸化ATMフォーカス数の線量反応関係を検討した。
3. 結果&考察 ![]()
1.2~100 mGyにおけるリン酸化 ATMフォーカス数の線量反応関係を調べた。その結果、20 mGy前後で傾きが異なる線量反応関係を示すことが分かった。(図1.の●)。なぜ低線量域でこのような線量反応関係になったのだろうか? 本研究では放射線誘発バイスタンダー効果が関与しているのではないかと考えた。そこで、この可能性を検討する為に、放射線誘発バイスタンダー効果の誘導に関与していることが知られている細胞間接着装置の一種であるギャップ結合をリンデンで阻害し、リン酸化ATMフォーカス数の線量反応関係がどのように変化するかを検討した。その結果、1.2 mGyから100 mGyまでリン酸化ATMフォーカス数が線量に依存して直線的に増加することが分かった(図1.の○)。このリンデンを投与した群で観察されたリン酸化ATMフォーカス数は、放射線が直接ヒットして生成したものである。従って、リンデンを投与しなかった群と投与した群で観察されたリン酸化ATMフォーカス数の差こそが放射線誘発バイスタンダー効果によって間接的に引き起こされたものを意味している。
そこで、バイスタンダー効果によるリン酸化ATMフォーカス数を調べるために、リンデン投与有無によるリン酸化ATMフォーカス数の差を求めた。その結果、この差が20 mGyまでは線量に依存して大きくなっていくことが分かった。しかし、それ以上の線量になるとリンデン投与の有無の差がほぼ一定になった(図2.)。この結果は、バイスタンダー効果が20 mGyまでは線量に依存して作用していることを意味している。従って、20 mGyまでの線量域では、バイスタンダー効果がDNA初期損傷数を増加させているために、図1.の●で見られた線量反応関係になったのではないかと考えられた。では1)20mGy以上でバイスタンダー効果の作用が飽和するのはなぜか?、2)バイスタンダー効果の生物学的意義は何なのか?これらの疑問を明らかにすることが今後の課題である。
4. まとめ
以上の本研究結果より、1)リン酸化ATMフォーカスを指標とすることで極めて低い線量域の放射線の影響を解析することが可能になる、2)DNA初期損傷の低線量域での線量反応関係は直線ではない、3)放射線誘発バイスタンダー効果は低線量域で線量に依存して作用していることが分かった。今後、放射線の健康リスクおよび LNT モデルを考える上でもさらに詳細に検討していく必要がある。
5. 成果発表
小嶋 光明、伴 信彦、甲斐 倫明:低線量X線照射によるDNA二重鎖切断にバイスタンダー効果は寄与しているか?放射線生物学研, 42, 213-219 (2007).
M. Ojima, N. Ban, M. Kai:DNA Double-Strand Breaks Induced by Very Low X-Ray Doses are Largely due to Bystander Effects., Radiat. Res. 170, 365-371 (2008).

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