【研究紹介】新人看護師の臨床判断プロセスの概念化-健康歴聴取場面におけるケア決定までの判断-
看護アセスメント学研究室 藤内美保
1. 緒言
新卒看護師が実践できる能力と、病院が期待している能力にはギャップがあると指摘されて久しい。医療安全の確保および臨床看護実践の質の向上の観点から、新人看護職員の研修体制の整備の重要性が強調されている。臨床現場における新人看護師の実践能力を客観的事実として解明した研究成果は意外に少ない。看護職者の臨床能力の育成に関する議論や日米における研究の開始は、1985年のBennerによる「看護婦の臨床技能の発展」、また1990年のCorcoranによる「臨床判断」の講演に求められる。卒後の継続教育を効果的に行うには、新人看護師の実践能力の実態を客観的事実として解明し、そこから教育的アプローチを検討すること、なかでも看護ケアの方向性を見出し、行動を決定する根拠となる臨床判断は実践能力のなかでも重要な課題である。
本研究は、健康歴聴取場面で、新人看護師が行う臨床判断の思考に注目し、新人看護師が、未知の患者と遭遇し、なにを知覚し、情報をどのように収集し蓄積しながら看護ケアの方向性を定めるのか一連の流れを明らかにすることを目的とした。質的・帰納的分析により臨床判断プロセスを概念化し言語化することで、新人看護師が自律的に患者と関わり、判断できる能力の育成に貢献できることをねらいとした。
2. 方法
1) 研究方法の選択
看護ケアの方向性を導く臨床判断のプロセスを具体的で実践に応用できるような下位概念として言語化することを目的とするため記述的研究を試みた。直接的で関係性の発見に焦点を当てる因子探索的研究を行ない明確な結論を導く。木下が提唱する修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチは、分析に用いるデータを限定的な範囲において採用するもので、緻密な分析が可能であることから、木下の提唱する方法を採用した。
2) 対象
看護基礎教育課程を修了し、総合病院に就職した2年間以内の新人看護師12名。2年間以内としたのは、臨床判断という観点からBennerおよび野島の論拠に基づくものである。
3) データ収集場面
看護師が初めて出合う患者への健康歴聴取場面とした。理由は以下の3点に拠る。
第1点は、健康歴聴取は、必要な情報を収集し人間関係をつくり、最終的には患者の持つ問題を判別し、初期計画を立案しケアの方向性を決定する重要な活動である。
第2点は、臨床判断は、既に蓄積された情報が判断の根拠となり、患者との関係性に影響を受ける性質があるため、事前の情報量や患者との関係性がほぼ同質である初めて患者と対面する場面を選択することが望ましい。
第3点は、健康歴聴取は頻度の高い看護活動であることから、本研究で得た成果は、実践現場に還元しやすい有用な応用場面となる。
4) データ収集方法
データ収集方法は、フィールドワークにおける言葉や行動の観察から得た参加観察による観察データと、健康歴聴取終了後に行った半構成的面接により対象者から語りとして得たデータを収集した。
5) 調査期間
2004年12月~2005年11月とし、新人看護師が病棟のシステムにも慣れ、健康歴聴取を数回以上は経験している時期を選定した。
3. 倫理的配慮
ヘルシンキ宣言、厚生労働省の臨床研究に関する倫理指針、および日本看護協会の看護研究の倫理指針に準拠した研究計画書を作成し、研究者が所属する大学の研究倫理安全委員会で承認を得た。
4. 結果
健康歴聴取場面の参加観察および半構成的面接の逐語録から概念を生成した。最初に生成された概念は、<マニュアルに依存>であった。1つの概念を導き出すまでの生成過程について、<マニュアルに依存>を例に概念生成過程を述べる。
最初に調査した新人看護師2名の逐語録のデータを、分析テーマである「どのような判断・思考・行動をし、看護ケアの方向性を導いているのか」ということに関連したところに注目した。1名の新人看護師は、現疾患の入院までの経過は情報収集をしなかった。半構成的面接調査で、データベース欄を埋めているから情報収集はしなかったという理由であった。もう1人も「では今からこちらの用紙(データベースシート)に沿って書かせていただきます」と患者に説明していた。他の新人看護師の追加調査では、「いつもだったら、大体これ(データベースシート)を聞いていって埋めていく程度ですね」「はい、これでこれ(データベースシートを持ち上げ)は完成しました」など、データベースシートを埋めるという思考になっていた。
半構成的面接では、「病名?詳しく見ていなかったので」「(病名を確認せずに)そのまま(健康歴聴取に)入ってしまったので、病名をきいているのか確認したいと思います。」と、病名を確認せずに健康歴聴取をしていた。データベース用紙の項目通りに情報を聞いているが、患者ケアの方向性を見出すための意図的な情報収集の思考ではないことが確認された。そこで、この概念と思われる仮の定義を「データベースシートの項目に沿って情報収集し、記入するマニュアル的思考をするもの」とした。
データベースシートの項目にはないもので、聞き出したいと考えた項目に対して、「判断して聞きたいなと思ったことですか。難しいですね。枠の外ですよね。」と考えても回答はなかった。その他「注目して聞こうと思ったことですか。何だろう。」「気にして問いかけたことですか。えー、えー」と、データベースシートの項目に沿った情報収集に依存していた。逆に、問題意識をもちデータベースシート以外の項目を情報収集したという概念は確認されなかった。
以上から、マニュアルに依存していることを示すデータは多いが、対極例は見出されなかったため、<マニュアルに依存>という概念を生成した。この概念の定義を「定められた項目に沿って情報収集するマニュアル的な思考」とした。
以上のような分析を分析ワークシートを作成して概念を導き、理論的飽和化まで繰り返した結果、13の下位概念が生成された。下位概念を< >で示し、下位概念同士をまとまりとしたものをカテゴリーとし【 】で示し、以下ストーリーラインを述べる。
ストーリーライン
新人看護師は、入院を受け入れてから健康歴聴取をするまでの健康歴聴取前の段階では、<マニュアルに依存>する思考と<自分の力量から患者を看る>という思考が働いていた。そして、これら2つの概念が、それ以降の思考に大きく影響していた。まず<マニュアルに依存>する思考によって、<現象の一部に注目>し、全体像を把握しないまま次の話題に移ったり、疾患や症状について<自己の知識を確認し納得>し、患者の持つ問題に迫るまでに至らなかったり、予測を検証することなく<質問を散発>したり、気がかりな情報だと認識しても保留し<判断を後回し>にしていた。結局、健康歴聴取が終了した時点では、<ケアの方向性を導けない>ことから、【情報収集に終始】していた。
もうひとつの流れは、<自分の力量から患者を看る>から始まるものである。自分の未熟さを認識しているが故に、患者のペースに合わせ、患者の言葉を熱心に聞き取り、多くの語りの情報の中から<手がかりの一片を発見>し、患者・家族との関係形成に努力し、自分が対処可能なことを懸命に探っている。また信頼が得られるよう、これまでの経験から情報の引き出しかたを工夫する<新たな方略>もあった。その一方で、患者のニーズを受け止めようとしているが、自分ができる範囲でニーズを受け止めてしまい、時に<キャッチのズレ>が生じ、<思い込む>といった現象も認められた。患者家族との関係形成に力が注がれ、<自らが実践>できることを懸命に探る思考があった。
また<防衛的構え>は、【情報収集に終始】および【関係形成に努力】に共通する概念として認められた。
5. 考察
RubenfeldとSchefferは、「思考に対する最も大きな障害の1つは慣例に陥ることである」として、習慣は安心と快適さを提供するが、思考を停止させ、吟味やアイデアや創造性を使用する気をなくさせてしまうと述ている。マニュアル的思考ではなく、クリティカルシンキングの思考を高める教育の重要性を再確認した。
CorcoranのClinical Judgmentの視点から考察すれば、新人看護師の思考は二重構造となり、マニュアルから情報を得るという合理的見方と自分の力量から患者をみるといった現象学的・解釈的見方の両者が同時に存在していた。合理的見方では、理論的知識としてルールや理論的理由づけをしようとするもの、現象学的・解釈的見方としては、コンテクストという関係者の情緒あるいは意図、考え、行動などの環境要因に照らし合わせてみていくものである。合理的見方と現象学的・解釈的見方の両者を並行的に思考しようとすると、どちらか一方の見方に重点がおかれ、もう一方の見方は希薄になる可能性があり、判断の構造が全体として不安的になりやすい。しかし合理的な見方をしても、認知過程や理論的知識の不足があれば、看護の方向性を導くことができにくい。また合理的見方、コンテクストの見方の両者に防衛的構えが存在することが、自分の立場から患者を捉えるという思考になっていると考えられる。

6. 成果発表
1) 藤内美保、宮腰由紀子、安東和代. 新人看護師の臨床判断プロセスの概念化 -健康歴聴取場面におけるケア決定までの判断-.日本看護研究学会学会誌.31(5).29-37.2008
2) Miho Tonai, Yukiko Miyakoshi,Kazuyo Ando, Clinical Judgment among Relatively Inexperienced Nurses: Towards the Development of Educational Methods to Teach Critical Thinking,ICN.2007.Yokohama.
3) 藤内美保、宮腰由紀子、安東和代. 臨床判断の教育方法の開発に向けて-新人看護師および熟練看護師の判断思考構造の比較-.日本看護科学学会.2006.神戸.
なお本研究は、平成16-17年度文部科学省科学研究費補助金(萌芽研究 課題番号16659597)の助成の一部である。

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