【研究紹介】「かくこと」によって何がもたらされるのか?-幾何の問題解決場面を通した分析-
人間関係学研究室 吉村 匠平
私ごとですが、小学校や中学校の作文、非常に面倒でした。遠足に行けば作文、夏休みには読書感想文、運動会が終わるとまた作文、将来の夢まで作文。そういう作業を繰り返すなかで、いつのまにか「書くこと」へのぎこちなさばかりを学んでしまいました。皆さんはいかがでしょう?今回紹介する研究は、昔年の恨みを研究で晴らすという屈折した動機のもと行ったものです。「かくこと」を、作文に限定されないもっと広い視点から捉え直すため、幾何(図形)の問題解決場面を取り上げました。幾何の問題解決場面では、「答案の作成」という形で行われる採点者に読ませるために行われる「かくこと」と、問題の解法を探るために行われる他者に読ませることを前提としない「かくこと」、その両方が行われます。両方の「かくこと」を対比することで、何か見えてくるものがあるのではないかと考えて行ったのが表題の研究です。今回はその一部を紹介します。
対象者 大学生、大学院生24名。
課題 中学1~2年程度の知識(公式の理解)で解くことが可能な平面図形の問題。問題文に書いてあることに定理を当てはめるだけでは解けない、いわゆる「難問」。難問にしたのは、読んだ瞬間にあっさり解けた!ということになると、かいている様子を分析できないからです。対象者の手元にベルを置き、問題の内容を把握したらベルを1回、問題が解けたと思ったらベルを2回鳴らすようにお願いしました。

課題提示装置 問題解決の進行状況を調べるため、右図のような装置を作成しました。「問題」と書かれた板の裏には問題文を、「図」と書かれた板の裏面には問題に添付されている図を、「答案」と書かれた板の裏には、答案作成用紙を貼り付けました。問題文を読みたいときには、「問題」の板を手前に折り下げ、図を見たいときや図にかき込みをしたいときには、「図」の板を右側に折り返して、答案を作成したいときには、「答案」の板を左に折り返すよう教示しました。板の大きさは、同時に2枚を折り返そうとすると相互に干渉するようにしました。このため、他の板を見る時には、既に折り返している板を元に戻してから折り返すことになります。対象者にあっちの板こっちの板をはぐりながら問題を解いてもらい、その様子を2台のビデオカメラで録画しました。下の図は実際のかき込みの例です。
実験計画 二要因の計画を組みました。1つ目の要因は、「かくこと」に加える制限の種類です。自分の手を動かしてかくことを禁止し実験者が代筆する「行為禁止群」、かかれたものの見直しを禁止する「所産活用禁止群」(実際にはカーボンコピーをとり、実験後に何をかいていたかを確認しました)と、行為と所産活用を同時に禁止する「全禁止群」、制限を加えない「統制群」の4つです。もう1つの要因は、制限を加える対象の種類です。問題に添付された図へのかき込みを制限する群と、答案の作成を禁止する群を設定しました。4通りの制限×2つの対象で8通りの条件になります。1人の対象者には、複数の条件で異なる問題を解いてもらいました。

結果 ①問題解決の達成度 本実験と無関係の人2名(数学講師経験者)に採点を依頼しました。採点は5段階評定。分析の結果、答案作成に制限を加えても問題解決に影響しないこと、図へのかき込みへの制限に関しては、行為禁止群、所産活用禁止群では、問題解決に影響はみられないが、両方同時に制限する全禁止群では、問題解決が遅滞することがわかりました。
②主観的に感じた困難度 対象者自身に、統制群と比較した際に感じる問題解決の困難度を5段階で評定してもらいました。その結果、図へのかき込み×全禁止群が、答案の作成×全禁止群より、問題解決が遅滞すると感じていることがわかりました。
③その他の分析 ①と②の結果から、問題解決の進展に影響するのは、図へのかき込みの制限であることが示されました。以後、図へのかき込みのみを対象に、かき込まれた痕跡、録画情報に基づいた分析を行いました。結果を示します。
・行為禁止・所産活用禁止群は、統制群より図へのかき込み量が少ない。特に、問題文に書かれた情
報や定理を組み合わせて生成される情報のかき込みが少ない。
・行為禁止群は、まず最初に問題文に記された情報の図への代書を求め、その後は図を見つめて問題
を解いた。
・行為禁止群は、答案作成時に問題文を見直す者の割合が多かった。
・所産活用禁止群は、図にかかれた線分をなぞったり、等しい大きさの角を抑えたり、空書(空中に
図を描く)などを行いながら問題を解いていた。
・所産活用禁止群は、答案を作成する間に図を触る時間が長かった。
・統制群では、試行錯誤的な図へのかき込みを行いながら問題を解いていた。
・全禁止群では、問題文を見直しながら問題を解く者の割合が多かった。
考察 以上の分析から、「図へのかき込み×行為禁止群」と「図へのかき込み×所産活用禁止群」では問題解決に遅滞は見られないものの、問題解決のプロセスに違いが生じることが示されました。
行為禁止群では、自分の手を使って図にかき込むことが禁止されます。そのため、必要な情報を図に代書させ、それを見つめることで問題を解き、答案の作成時にも問題文を見直していました。つまり、目に見える情報~他者への伝達・共有が可能な情報を活性化させることで問題を解いていたと考えられます。
これに対し所産活用禁止群では、かいた痕跡の見直しができません。そのため、図の線分をなぞったり、角を抑えたり、空書をしたりしながら問題を解いています。答案作成時にも、問題文を見直すのではなく、図に触りながら答案を作成しています。つまり、他者への伝達・共有が困難な運動感覚情報をできるだけ活性化させることで問題を解いていたと考えることができます。
以上のことから、数学の問題場面で行われる図へのかき込みを、①自分の身体を動かし図に働きかけることで運動感覚情報を生成する、②それと同時に図の中に痕跡が残る、③その痕跡を自分自身が読み取る、④読み取ることで新たな気づき(意味、発見)が生じる、⑤「①」に戻る、という形で進展する、一種の対話的な活動であると捉える見方を提示しました。
結語 私はホームページに掲載された自分の文章を見て、その杜撰さに頭を抱え込むことでしょう。私の書いたものでありながら、それが私の外部から私に語りかけてくる。このような対話的状況(時間的、空間的な「差異」)を作り出すことが、かくことによってもたらされるのだと考えます。
成果発表
Yoshimura Shohei(1989) The Metacogition of Writing in Mathematic Problem Solving. The13th Psycology of Mathematics Education Congress. Paris.
吉村匠平(1990) 問題解決場面においてあらわれる「かくこと」とその機能について 日本教育心理学会第32回大会(大阪大学)
吉村匠平(1993) 幾何の問題解決場面において用いられる「かくこと」に対する認知 日本教育心理学会第35回大会(名古屋大学)
吉村匠平(2000) 「か<こと」によって何がもたらされるのか?一幾何の問題解決場面を通した分析一 教育心理学研究第48巻 85-93.

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