放射線誘発バイスタンダー効果の生物学的意義に関する研究

更新日2014.01.10

小嶋光明(環境保健学研究室)

1. 背景
放射線の影響は、線量が低くなればなるほど他の要因による影響と区別がつけられなくなる為、現状では比較的高い線量域で得られている結果を外挿して、低線量域においても同様に直線性を示すと仮定しています (LNT仮説)(図1)。しかし、近年、この LNT 仮説に疑問を投げかける生物現象として、放射線誘発バイスタンダー効果(放射線を照射した細胞が近傍に存在する細胞に様々な生物学的影響を引き起こす現象)の存在が報告されました。この現象は、LNT仮説が低線量の放射線の影響を過小評価している可能性を支持する生物の細胞応答です。しかし、未だ可能性を論じるに留まっており、依然LNT 仮説を見直すための十分な根拠にはなっていません。そこで、放射線誘発バイスタンダー効果の実態とその生物学的意義を研究した結果を紹介したいと思います。

2.  低線量域による放射線誘発バイスタンダー効果
正常ヒト線維芽細胞(MRC-5)に1~200mGyのX線を照射し、リン酸化ATMフォーカス(DNA 二重鎖切断の指標)数の線量反応関係を調べました。その結果、10mGy前後で傾きが異なる二相性の線量反応関係を示すことが分かりました(図2の○)。なぜこのような線量反応関係になったのでしょうか?本研究では、放射線誘発バイスタンダー効果が関わっているのではないかと考えました。そこで、この可能性を検討する為に、放射線誘発バイスタンダー効果の誘導に関与していることが知られている細胞間接着装置の一種であるギャップ結合をLindaneで阻害し、リン酸化ATMフォーカス数の線量反応関係がどのように変化するかを検討しました。その結果、1~200 mGyまでリン酸化ATMフォーカス数が線量に依存して直線的に増加することが分かりました(図2の●)。このLindaneを投与した群で観察されたリン酸化ATMフォーカスは、放射線が直接ヒットして生成したものであると考えられます。従って、Lindaeを投与しなかった群と投与した群で観察されたリン酸化ATMフォーカス数の差こそが放射線誘発バイスタンダー効果によって間接的に引き起こされたものを意味していることになります。そこで、Lindane投与有無によるリン酸化ATMフォーカス数の差を求め、低線量域でのリン酸化ATMフォーカス生成に放射線誘発バイスタンダー効果がどのくらい寄与しているのかを調べました。その結果、5~20mGyの線量域で生成されたリン酸化ATMフォーカスは、50%以上が放射線誘発バイスタンダー効果によるものであることが分かりました(図3)。

 

 以上の結果より、5~20mGyの線量域では放射線誘発バイスタンダー効果がDNA二重鎖切断数を増加させる要因になっていることが明らかになりました。従って、図2の○で示しされた傾きの異なる二相性の線量反応関係は、放射線誘発バイスタンダー効果が原因であることが示唆されました。

3. 放射線誘発バイスタンダー効果によるDNA損傷数の経時的変化
 放射線誘発バイスタンダー効果の細胞応答反応を明らかにする為の一環として、放射線誘発バイスタンダー効果によって生じた DNA損傷の修復・時間関係をリン酸化 ATM フォーカスを指標として検討しました。まず、MRC-5にギャップ結合の阻害剤であるLindaneを投与し、20, 200 mGyのX線を照射して、24 時間後までにおけるリン酸化ATMフォーカス数の経時的変化を調べました。その結果、リンデンを投与しなかった群ではX線照射後24時間経ってもフォーカス数がバックグラウンドレベルまで減少しませんでしたが(図4)、リンデンを投与した群では照射後24時間以内にバックグラウンドレベルと差が見られなくなりました(図5)。

 

さらに、リンデン投与有無によるフォーカス数の差(放射線誘発バイスタンダー効果によって生成されたフォーカス数)を調べた結果、照射後24時間ほぼ一定でした(図6の▲、■)。これらの結果は、ギャップ結合を介したバイスタンダー効果によるDNA 損傷が修復されず、残存し続けていることを意味しています。これまでの研究で放射線誘発バイスタンダー効果はギャップ結合だけでなく、培養上清を介しても生じることが報告されています。そこで、X線を照射した細胞と非照射の細胞を同じ培養液中で共培養させ、非照射の細胞におけるフォーカス数の経時的変化を調べました。その結果、共培養開始後48 時間フォーカス数の減少が見られませんでした(図6の●)。この結果は培養上清を介したバイスタンダー効果による DNA 損傷も修復されず、残存し続けていることを意味しています。

従って、放射線誘発バイスタンダー効果によるDNA 損傷は修復されず長時間残存し続ける可能性が考えられました。

4. 低線量の放射線による放射線適応応答の誘導
低線量の放射線による生物応答反応の一つに放射線適応応答(細胞に低線量の放射線を事前に照射しておくと、その後の高線量の放射線に対して抵抗性を示す現象)があります。この現象は、放射線誘発バイスタンダー効果とは逆に、LNT仮説が低線量の放射線の影響を過大評価している可能性を支持する生物の細胞応答です。しかし、放射線適応応答も未だ可能性を論じるに留まっており、LNT 仮説を見直すための十分な根拠にはなっていません。そこで、放射線適応応答がどのくらいの線量の事前照射で生じるのかを調べました。その結果、MRC-5に3~20mGyのX線を事前に照射することにより、その後の1000mGy照射によるリン酸化ATMフォーカス数が有意に減少することが分かりました(図7)。3~20mGyは放射線誘発バイスタンダー効果が有意に生じている線量域です(図3)。よって、放射線誘発バイスタンダー効果が放射線適応応答の誘導に重要な役割を果たしている可能性が考えられました。

5. まとめ
以上の本研究結果から、放射線誘発バイスタンダー効果の生物学的意義を考察してみます。細胞は細胞間コミュニケーションを介して細胞集団の恒常性を維持しています。そのような環境に細胞は存在しているため、たった一つの細胞でも放射線照射を受けると、細胞間コミュニケーションを介してダメージシグナルが細胞集団全体に伝達されます。これにより放射線照射を受けていない細胞にも損傷が生じます。これが放射線誘発バイスタンダー効果です。この損傷が長時間存在し続けることにより、細胞内にDNA損傷の修復機構の活性化が持続されます。これが放射線適応応答の誘導につながり、後に同じ損傷が生じてもすぐに修復されるようになります。従って、放射線誘発バイスタンダー効果は細胞集団全体に放射線適応応答を誘導させる役割を担っているのではないかと考えられました。

研究成果
M. Ojima, N. Ban, and M. Kai: DNA Double-Strand Breaks Induced by Very Low X-Ray Doses are Largely due to Bystander Effects., Radiat. Res., 170, 365-371 (2008).

M. Ojima, A. Furutani, N. Ban, and M. Kai: Persistence of DNA Double-Strand Breaks in Normal Human Cells Induced by Radiation-Induced Bystander Effect., Radiat. Res., 175, 90-96 (2011).

M. Ojima, H. Eto, N. Ban, and M. Kai: Radiation-Induced Bystander Effects Induce Radioadaptive Response by Low-Dose Radiation., Radiat. Prot. Dosimetry, 146, 276-279 (2011).