地理情報システム(GIS)を使用した救急診療体制の地域差の分析

更新日2016.04.01

基礎看護学研究室 石丸智子

1. はじめに

  日本の救急医療は、重症度に応じて一次救急、二次救急、三次救急に分かれています。一次救急は、入院の必要がなく外来診療のみで対応できる比較的軽症の患者を診療し、二次救急は入院治療を必要とする中等症の患者を診療します。三次救急は一次・二次救急では対応できない重篤で生命の危険がある患者を受け入れます。その代表的な施設として救命救急センターがあり、平成26年3月31日の時点で全国に266施設、人口50万人あたりおよそ1ヵ所が整備されています(日本救急医学会2015)。

 水野ら(2004)は、救急診療体制には地域格差が存在している指摘しています。その一方で林田 ら(2012)の研究によると救急専門医による迅速かつ高度な医療を現場から提供できるようになった結果、救命率の向上、後遺症の軽減、入院日数の削減、医療費の削減などをもたらし、病院前救急診療の高度化を達成したとの報告もあります。このことから救急医療においては発症から診療開始までの時間と、病院前救護が患者の予後を左右する大きな要因となることが明らかです。

 今回の研究では上記の人口に対する施設数や受け入れ実績などの量的な救急診療体制のほかに、救命救急センターに配置されるドクターカーやドクターヘリの活動範囲を地理情報システム(GIS:Geographic Information System)を用いて地図上に示すことで、距離的な救急診療体制を明らかにし、量的、距離的2つの側面から、救急診療体制の地域差を明らかにすることを目的としました。

 

<用語の説明> 

 地理情報システム(GIS:Geographic Information System)とは、地上にある物や事象が持つ緯度・経度・標高といった位置情報とそれらの属性情報を統合してデータベースを構築し、検索・分析・表示(可視化)できるようにしたシステムの総称です(谷2012)。今回はGISの中でもフリーソフトであり簡単に入手可能な地理情報システム「MANDARA」を使用しました。

 

2. 分析方法

 厚生労働省のホームページ(厚生労働省2014a)より、人口10万人あたりの施設数、専従医師数、救急科専門医数、休日および夜間帯における医師数、病院数1施設あたり年間に受け入れた重篤患者数(来院時)、年間受け入れ救急車搬送人員についてデータを収集し、単純集計を行いました。

 さらに、平成26年時点の救命救急センター、高度救命救急センターの所在地の情報(日本救急医学会2015)からMANDARAを用いて緯度経度を算出しました。また、ドクターカーやドクターヘリは出動要請から3~4分で医師や看護師を乗せて出動・離陸し、平均時速40~50㎞で走行、平均時速200㎞で飛行するといわれています(小泉 2010)。今回、呼吸停止後の死亡率50%となる約10分を考え、ドクターカーとドクターヘリの活動範囲をそれぞれ半径12.5㎞、50㎞圏内とし、図示しました。

 

3. 結果、考察

  1. 1) 単純集計による都道府県格差

 実数値を使用し人口10万人あたりの施設数、専従医師数、救急科専門医数、休日および夜間帯における医師数、病院数1施設あたり年間に受け入れた重篤患者数(来院時)、年間受け入れ救急車搬送人員を都道府県別に単純集計した結果、最小値を示す都道府県は秋田県と鹿児島県の2県のどちらかでした(表1)。

 これは、両県とも1施設しか救命救急センターが設置されておらず、1施設で配置できる医師数や対応可能な受け入れ患者数には限りがあるため、このような結果になったと考えられます。水野ら(2004)は地域での救急医師および救急医療施設の不足は、救急医療レベルの低下を引き起こす可能性があり、救急医療の数的不足地域における充足、および質的向上が不可欠であると述べています。

 実際に数的不足への対策として、鹿児島県では平成27年4月1日より2施設が救命救急センターとして新設され、救急診療の充実が図られました。これにより、平成27年度以降の都道府県別患者受け入れ実績の結果には変化が生じると推測されます。

 一方、高知県は人口10万人あたりの施設数、専従医師数、救急科専門医数、休日および夜間帯における医師数、病院数1施設あたり年間に受け入れた重篤患者数(来院時)、年間受け入れ救急車搬送人員の6項目すべてにおいて上位3位でした。

 高知県では指導医の育成支援や医学生・研修医の支援など高知県内で多数の事業が行われています(厚生労働省 2014b)。さらに、人口10万人あたりの専従医師数で最多の和歌山県では、大学内に卒後臨床研修センターや地域医療支援センター等を設置し、毎年60名程度の研修医を全国から受け入れ総合診療医、救急医を育成する研修が行われており、研修先の病院や診療科が自由に選択できる(和歌山県立医科大学ホームページ2015)など、医師を目指す学生が選択したくなるような魅力があることが医師確保に関係していると考えます。

 また、今回の調査では専従医師数や救急専門医数については、人口10万人あたりで計算しているため、県全体の人口が減少するにつれて医師数が相対的に多くなっている可能性が考えられます。さらに、病院数1施設あたりの年間受け入れ救急車搬送人員については、その重症度の確認はできません。総務省が公開している「平成26年度版救急救助の現況」では、平成25年の救急車利用の49.9%は軽症者が占めているとの報告もあります(総務省消防庁2015)。安易な救急受診は本当の救急患者の治療の遅れや夜間の医師不足の増大を招くことから、このことは高次救急医療を担う救命救急センターのみでなく、救急医療全体の問題であり、その対策が今後の課題となっています。

 

 

  1. 2) GISによる救急診療体制の可視化

 救命救急センター、高度救命救急センター、ドクターカーの活動範囲(半径12.5km)、ドクターヘリ活動範囲(半径50km)を図1、2、3、4に示しました。

 図1より、救命救急センターは東京都、神奈川県、愛知県、大阪府などの大都市に集中しています。また、多くが比較的人口の多い県庁所在地に病院を設置しており、これは人口100万人に対し最低1ケ所は設置するようにしているという救命救急センター設置の条件のためであると考えます。

 図2より、高度救命救急センターは全国では32施設設置されており、東京都、神奈川県、和歌山県、岡山県では2施設、大阪府では3施設でした。大阪では阪神・淡路大震災や関東大震災などを契機として、災害拠点病院などの整備など行っており(厚生労働省 2013b)、それに伴い救急医療への意識が高まり、救急医療体制に力を入れていると考えます。

 図3、4より、救命救急センターから出動するドクターカーやドクターヘリは東京都や愛知県、大阪府などの都市部に病院が集中しており、ドクターカーやドクターヘリの活動範囲が重複していました。また、救命救急センターからの出動だけでは補いきれない地域が多くあることが示唆されました。東北地方などの面積の広い地域もドクターヘリ所有施設は少なく、救急診療体制の充実には、その設置は必要であると考えます。

 例えば秋田県では、1時間以内に救急車を利用して救命救急センターに搬送可能な人口カバー率が、43.19%と全国で最下位となっています。対策として、県北部と県南部に県単独事業による広域的な救命救急医療を担う「地域救命救急センター」を設置していますが、医師不足により人口カバー率の改善はほとんど見られない状況です(秋田県公式webサイト 2014)。

 一方で千葉県では、重症傷病者が発生した場合に、救急車と消防ヘリを同時出動させます。救急車で救急現場に到着した救急隊は傷病者に救命処置を行いながら、最寄りの緊急時離着陸場へ向かいます。消防ヘリは病院のヘリポートで救急部の医師を搭乗させ緊急時離着陸場に向かいます。緊急時離着陸場では救急車と消防ヘリが合流し、消防ヘリに搭乗した医師により治療を行いながら、速やかに傷病者を医療機関への収容することができます(千葉市ホームページ 2015)。このような活動は、救命率の向上を目指す活動として有用であり、今後救急診療体制の充実のためには、このような消防との連携を軸とした活動の拡大が期待されます。

 

     

 

4. 結語

 本研究では救急医療体制を量的、距離的2つの側面から分析し、その地域差を明らかにしました。人口に関係なく、専従医師数や救急科専門医数にも地域差が見られ、その要因として、人口に対して施設数の不足が救急医療体制充実度を全体的に低くしていると考えます。また、GISを用いた分析により、距離的な救急医療体制の地域格差も明らかとなりました。こうした格差をなくすためには、都道府県別の対策が重要となりますが、体制を整えるには人員や財源の確保などが関わってくるため、容易に問題を解決できるとは限りません。今後、高次救急医療を必要とする重症患者への早期治療を可能にし、救命率の向上につなげるためには、2次救急医療機関や消防署、自衛隊など、多機関が連携し不足部分を補っていくことが必要不可欠であると考えます。

 

 なお、この研究は本学研究室の卒論生と共同で行った研究の一部を紹介しています。

 

引用文献

・秋田県公式webサイト 美の国あきたネット(2014).地域医療再生計画(秋田県三次医療圏).

http://pref.akita.lg.jp/www/contents/1321677867403/files/3jiiryoken.pdf (2015/11)

・林田和之,益子邦洋(2012).[現場からはじまる集中治療:ドクターカーとドクターヘリの活用]ドクターヘリによる病院前救急医療の高度化を目指して.ICUとCCU(0389-1194)36巻8号,577-583

・小泉雄也(2010).ドクターヘリの役割と課題.早稲田社会科学総合研究 別冊「2010年度学生論文集」,74-75

・厚生労働省(2014a).平成26年度救命救急センターの評価結果(実数).

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000063458.pdf (2015/11)

・厚生労働省(2014b).高知県地域医療再生計画(平成24年度補正予算).

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000097511.pdf (2015/11)

・水野樹,花岡一雄(2004).日本における救急医師数および救急医療施設数の地域較差.日本救急医学会雑誌15巻11号,593-604.

・日本救急医学会(2015).全国救命救急センター設置状況.

http://www.jaam.jp/html/shisetsu/qq-center.htm(2015/10)

・総務省消防庁(2015).平成26年版 救急救助の現況 救急編.

http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/kyukyukyujo_genkyo/h26/01_kyukyu.pdf(2015/11)

・谷謙二(2012).フリーGISソフトMANDARAパーフェクトマスター.古今書院

・千葉市ホームページ(2015).消防ヘリによるドクターピックアップ方式での救急活動.

http://www.city.chiba.jp/shobo/keibo/koku/intro5-1.html(2015/11)

・和歌山県立医科大学ホームページ(2015).医師の確保・養成・紹介に係る取り組みについて.

http://www.wakayama-med.ac.jp/intro/houjin/torikumi/ishikakuho/index.html (2015/11)