大気中の粒子状物質による肺の炎症誘導

更新日2016.11.09

生体反応学研究室 市瀬孝道

はじめに

 大気中には様々な粒子状物質が存在しています。大きなものではスギやヒノキの花粉、小さなものでは細菌やウイルスもバイオエアロゾルと言われ、微細な粒子状物質に含まれます。代表的な浮遊粒子状物質(大気エアロゾル)は土壌由来の粗大粒子といわれるPM10(黄砂など)と人為的な化石燃料の燃焼によって生じる微小粒子のPM2.5です。後者は硫酸塩(H2SO4)や硝酸塩(NO3)、無機炭素、遷移金属や多環芳香族炭化水素などヒトの健康に有害な物質が多く含まれています。日本で問題となる粒子状物質は主要都市や地方都市で発生するPM2.5と、中国大陸から飛来するPM2.5や黄砂などの越境粒子状物質です。私どもは主に大陸由来の粒子状物質の生体影響について研究を進めていますが、ここでは中国で採取した粒子状物質の肺の炎症誘導について紹介します。

粒子状物質の肺の炎症誘導

 大気中の粒子状物質による肺における炎症反応は慢性呼吸器疾患(COPD, 肺気腫)との関連で重要です。私共は中国瀋陽市で採取したPM2.5, CPM(Coarse PM:粒子径が2.5〜10μmの粒子)、>PM10 (粒子径が10μm以上の粗大粒子)の炎症反応をマウスのマクロファージ系細(RAW264.7)を用いて比較しました。>PM10粒子は炎症反応が最も強く起こり、PM2.5では反応が最も弱く(図1)、炎症反応の強さは粒子中の微生物成分量(グラム陰性菌の細胞壁成分のリポポリサッカライド(LPS)やカビの成分の-グルカン)と対応していました。また、これらの粒子の炎症反応はLPSの阻害剤であるポリミキシンB (PMB)によって著しく阻害されました。黄砂についても炎症反応を調べた結果、PMBによって著しく炎症反応が抑制されました。これらの結果は粒子状物質の炎症反応の殆どが粒子に付着したLPSに由来するものであることを示しています。

 一方, 化石燃料燃焼由来のPM2.5は発がん性のあるベンゾ[a]ピレン等の多環芳香族炭化水素(PAHs)を含んでおり、これらは酸化ストレスを誘導することもよく知られています。前述の瀋陽市のPM2.5、CPMと >PM10、あるいは黄砂について、RAW264.7細胞を用いて酸化ストレス指標のHeme oxyge-nase 1 (HO-1)遺伝子発現を比較すると、炎症反応とは逆にPM2.5ではHO-1発現が強く誘導され、>PM10は誘導されず(黄砂も同様)、その発現量は粒子中のPAHs含量とよく対応していました。このようにPM2.5はPAHsが関与しした酸化ストレスを誘導します。このPM2.5誘導のHO-1は抗酸化剤のN-アセチルシステイン(NAC)で抑制されますが、炎症反応は殆ど抑制されず、PMBで強く抑制されました。

 

 そうしますと、PM2.5による肺の炎症はLPSによるもので、酸化ストレスは関与していない、ということになります。しかし、マウス由来の肺胞上皮細胞を用いてPM2.5の炎症反応を調べてみますと、マクロファージ細胞とは逆にPMBでは炎症反応が抑制されず、NACで強く抑制されることが分かりました。マウスを用いたPM2.5の曝露実験では、PM2.5の肺の炎症はPMBでは抑制されず、NACによって抑制され、前述の肺胞上皮細胞に類似した炎症反応を示しました(図2)。肺胞上皮細胞では酸化ストレスが関与した炎症反応を誘導し、肺胞マクロファージはPM2.5に付着した微生物成分が関与した炎症反応を誘導するものと思われます。肺では肺胞上皮細胞の方が肺胞マクロファージよりも圧倒的に多いために、総じてNACの抑制効果の方がPMBの抑制効果よりも強く現れたものと思われます。従って、PM2.5の肺の炎症誘導にはLPSと酸化ストレスの両方が関与しているものと思われます。このような粒子状物質による肺の炎症誘導は慢性呼吸器疾患の誘因となり肺機能を低下させると考えられます。

 

まとめ

 大気中の粒子状物質の肺の炎症誘導には粒子に付着した微生物成分が深く関与しており、粒子径が大きいものほど微生物成分量が多く、炎症反応が強く起こります。PM2.5は微生物成分量が少なく炎症反応は粗大粒子より弱いのですが、酸化ストレス反応が強く起こり、特に肺胞上皮細胞に対して酸化ストレス誘導の炎症反応を引き起すと思われます。最近の私どもの研究ではPM2.5が肺を通過して体内に入り込むと、酸化ストレス反応によって免疫機能が抑制傾向になることが分かりました。PM2.5には発がん物質が含まれていることから、今後、長期的な曝露実験による発がん性や慢性影響についての研究が必要であると考えられます。