自由間接話法における音調選択とその効果―Yes/No疑問文に着目して―

更新日2020.04.28

言語学研究室 宮内信治

【はじめに】

 物語の中で登場人物の心境や感情を表現する際に、「…と彼は思った」「…と彼女は感じていた」といった導入の主節を伴わないものがあり、自由間接話法(Free Indirect Discourse: FID)と称されている。そこには、登場人物の心境、感情だけでなく、作者、語り手の主観が含まれている場合もあり、複数の声(Booth 1983; Chen 2014; 島崎 2008)の存在を汲み取ることが可能である。また、物語は「語られる」ものであり、それを語る者の声、すなわちイントネーション(音調)には物語の理解、解釈が反映されていると考えられる。本稿では、Jane Austen(1816)の作品Emmaの朗読音源を用いて、作品中のFIDにおけるYes/No疑問文(Y/N Free Indirect Question: FIQ)に着目し、FIQの文末音調選択を観察し、その意味と効果を検討する。

【方法】

1)資材
 印刷媒体は、Austen, J. (2008) Emma. Oxford World’s Classics paperback Reissued, Oxford: OUP.を用いた。観察音源は、検討サンプルとしてAusten, J. (2005) Emma. Read by Juliet Stevenson, Naxos Audiobooks.を、また、対象サンプルとしてウェブ上で公開されているLibriVox. Emma. のSeries 1, 2, 3, 4, 6, 7を用いた。Naxos Audiobooks (NX)はその朗読を女優Juliet Stevensonが演じ、市場で商品として販売されている。そこには、朗読者のものとともにプロの編集者による作品解釈が検討され、反映されていると考えられるため、信頼できる芸術作品として本稿における検討サンプルとした。一方、LibriVox (LV)の場合、演者の詳細は明らかではない。一般市民、つまり素人による朗読とみなされる。ネット上で無料公開されており、誰でも朗読して投稿が可能なため、そこに編集などの介入がないことから、NXと比べ、信頼性が低いと考えられる。よって本稿では、音調選択の多様性を確認する意味でLVを対照サンプルとして観察した。

2)手順
 観察対象のFIQを、Emma. Vol. 3, Ch. 11, pp.325, 16 - 22行とし、本稿著者がその音源を聴取し、文末ごとにその音調を記録した。検討、考察時の枠組みとしてオコナー, J.D., アーノルド, G.F.著、片山嘉雄、長瀬慶來、長瀬恵美 編訳(1994)『イギリス英語のイントネーション』を参照した。

3)観察対象
 本稿で検討した観察対象FIQ 3文(Emma, Vol.3, Ch. 11, pp.325, 16 -22行)は以下の通りである。

(1)
 a. Was it a new circumstance for a man of first-rate abilities to be  
         captivated by very inferior powers?   

 b. Was it new for one, perhaps too busy to seek, to be the prize of a girl
       who would seek him?

 c. Was it new for any thing in this world to be unequal, inconsistent,
         incongruous - or for chance and circumstance (as second causes) to  
         direct the human fate?

4)物語の背景
 本稿の観察対象としたFIQにいたる物語の背景概要は以下の通りである。
「村一番の名家ウッドハウス家の次女エマ(主人公20歳)は、出自がはっきりせず寄宿学校に預けられているハリエット(17歳)と知り合い、玉の輿結婚でその社会的地位を向上させてやろうという野心から、恋の手ほどきをハリエットに示しつつ、教区牧師エルトン氏との結婚を画策し、失敗する。自責の念に駆られたエマは、次にハリエットを金持ちで社会的身分の高いフランク・チャーチルと結婚させようとするが、こんどは、フランク・チャーチルが別の身分の低い女性と秘密の婚約をしていたことが発覚した。フランクに思いを寄せているハリエットにまたかわいそうなことをしたとエマが猛省しているところにハリエットが現れて、平気な顔をしてフランクの婚約話に興じている。そこで、「ハリエットがフランクを愛している」というのがエマの誤解であることが判明する。ハリエットの思いはナイトリー氏に向けたものであるとわかって、エマは激しく動揺する。ナイトリー氏は37歳、ウッドハウス家をしのぐ大地主で紳士、エマが生まれて以来彼女のそばにいて、エマの欠点を面と向かって指摘できる唯一の人物である。そのナイトリー氏とハリエットに結婚の可能性が出てきたとたん、エマに厳しい時もあったナイトリー氏の、自分に対する本物の愛情に気づき、そしてはじめて、エマ自身がナイトリー氏を心から愛していることに気がついた。「ナイトリー氏の結婚相手は私しかいない。しかし、ハリエットの恋心や身分差婚をたきつけたのは私だ。ハリエットをこれ以上傷つけるわけにはいかない。ナイトリー氏にしても、ここしばらくハリエットに気があるようなそぶりをしていた。それにしても、身分の低いハリエットが、よりによって紳士の鏡たるナイトリー氏に(ずうずうしくも)思いを寄せ、結婚できると信じているなんて…。でも、そういうどんでん返しは起こりうることだとハリエットをたきつけたのはこの私自身だ…。」

 観察対象FIQの翻訳(ジェイン・オースティン(2005)『エマ(下)』中野康司訳、p.270)を以下に示す。

(2)
 a. 一流の能力を持った男性が、非常に能力の劣った女性の虜になったことが、いま
        まで一度もなかったと言えるだろうか。

 b. 忙しすぎて結婚相手を探す時間がなかった男性が、積極的に言い寄る女性の餌食
         になったことが、いままで一度もなかったといえるだろうか。

 c. 世の中には不釣り合いなものや、不調和なものや、不似合いなものは何もないと
         言えるだろうか。第二の原因として、運と事情が、人間の運命を左右すること
         はないと言えるだろうか。

【結果】

 サンプルごとの音調選択は、NXが(1 a.)で上昇調、(1 b.)で上昇調、(1 c.)で下降調であった。LV01は上昇調、上昇調、上昇調、LV02は上昇調、上昇調、上昇調、LV03は下降調、下降調、下降調、LV04は上昇調、上昇調、上昇調、LV06は上昇調、上昇調、下降調、LV07は上昇調、下降調、下降調、がそれぞれとられていた。パターンとしては、A(上昇調・上昇調・下降調)が2件(NX、LV06)、B(上昇調・上昇調・上昇調)3件(LV01、LV02、LV04)、C(下降調・下降調・下降調)1件(LV03)、D(上昇調・下降調・下降調)1件(LV07)が見られた。
 文ごとの音調選択では、(1 a.)でNXが上昇調をとっており、LVにおいて上昇調をとっていたものが5件(01、02、04、06、07)、下降調が1件(03)であった。(1 b.)では、NXが上昇調をとっており、LVにおいて上昇調をとっていたものが4件(01、02、04、06)、下降調が2件(03、07)であった。(1 c.)では、NXが下降調をとっており、LVにおいて上昇調をとっていたものが3件(01、02、04)、下降調が3件(03、06、07)であった。
 表1に結果を示した。

【考察】

 同一作品の同一場面であっても朗読者による文末音調選択は様々であり、先行研究と同様に音調選択の多様性が観察された(宮内2018)。Chafe(1994)は、朗読者が異なればその音韻が多様なものとなるのは自然であり、それが朗読者それぞれによる内容解釈の表れであることから、書き言葉における音韻的特徴を特定することは困難であると述べている。古典文学は、長年の鑑賞味読に耐えて今に至ったものであり、それは異なる解釈を許容してきたがゆえと考えれば、本稿のような結果も妥当と考えられる。FIDはその解釈に幅や揺れがあり、文芸批評において議論の的となる例があるが、逆に考えれば、FIDは作品鑑賞、解釈に広がり、深みを与えるものともいえる。ゆえに、同一個所における異なった音調選択は、多様な解釈の可能性や解釈の深化につながるものと考えられる。
 LVシリーズ6件中3件がすべて上昇調を採用(Bパターン)していた。オコナー・アーノルド(1994)によると、低バウンド型(音調群#4:High Head + Low Rise)の上昇調はYes/No 疑問文で最も一般的に用いられる音調であるとしている。本稿で検討している3つの文はいずれも文法的にはYes/No 疑問文である。よって、Bパターンに見られた音調は、朗読者が単純に文法、文型などの文法的要素に依拠した可能性が考えられる。
 本稿における検討サンプルNXの音調選択はAパターン(上昇調・上昇調・下降調)をとっていた。(1 a.)、(1 b.)における上昇調は、離陸型(音調群#3:Low pre-head + Low Head + Low Rise、オコナー・アーノルド 1994)に相当する。Yes/No 疑問文でこの上昇調が発話される場合、ほとんど例外なく、不賛同(disapproval)あるいは懐疑(scepticism)を表すとオコナー・アーノルド(1994)は述べている。検討サンプルに当てはめた場合、

 (1 a.)  Was it a new circumstance …? (…と一度もなかったと言えるだろうか)
   (1 b.)  Was it new for one,…? (…と一度もなかったと言えるだろうか)

という修辞疑問となる。これは反語的であり、よって強い否定、すなわち「こうした事態、状況は、目新しいことではない、前例がある」ことを含意すると解釈できる。
 物語の背景と流れから、これらの疑問文は「エマの心の叫び」「エマの自問自答」と解釈するのは妥当であるが、別の見方を取れば、物語作者(朗読者)が主人公エマの「心の叫び、自問自答」を代弁しているとも考えられる。一方、物語の語りの部分における疑問文は、通常の語り(手)に期待される文体ではなく(Leech & Short 2007)、読者に対する直接的な語りかけは3人称小説ではほとんど起こらない(山口2009)。にもかかわらず疑問文において上昇調が選択されることにより、読者・聴者はそれに対する返答を促される形となり、結果として物語に引き込まれることになる。
 談話音調の観点では、話者の上昇調発話は、聞き手との共通認識を喚起、再活性化すると考えられている(Brazil 1997、Cheng, Greaves, Warren 2008)。よって、検討している場面における上昇調は、エマが、自分自身、もう一人のエマに対して過去の出来事を再認識していると同時に、朗読者が読者に、共通認識、すなわち物語中の過去の具体的事例の存在を確認しているとも考えられる。読者、聴者の記憶は頼りないもの(Chafe 1994、Rosmarin 1984)であるため、朗読者は上昇調を使って聴者を再び物語に引き込んでいると考えられる。
 NXにおける(1 c.)では下降調がとられていた。オコナー・アーノルド(1994)はYes/No 疑問文における下降調の意味を音調のパターンごとに以下のように示している。

 音調群#1 低落下型(低下降調 Low Fall)
                   真剣な(serious)提案、あるいは、切迫した(urgent)話題。
単刀直
                     入な問いに
率直な答えをさせようと話し手が努めている。

 音調群#2 高落下型(高下降調 High Fall)
                     議論や話題、より軽やかで切迫していない感じ。しばしば、話し手が      
                     自ら否定的に
答えるために質問をする。それ故、その質問は結果に関
                     して懐疑的(sceptical)であるように響くかもしれない。

 音調群#6 幅跳び型(Low pre-head + Rising Head + High Fall)
                     低落下型や高落下型と同様、議論や決定を要する話題として提供され
                     る。さらに、同様の抗議(protest)の含みを持たせながら、その質問
                     が重大なものであり、もしその決着がつけばすべてがすっきりすると
                     いうことを示唆している。

 渡辺(1994)でも、下降調のyes/no疑問文は修辞疑問であり、話し手自身が結果については否定的という脈絡で用いられることが多いと述べている。よって、Yes/No 疑問文における下降調には、切羽詰まった深刻な状況、疑問文の文意に対する懐疑性、そして、懸案事項に対する結論などが含意されていることが考えられる。
 以上のことを勘案したうえで、検討サンプルのAパターン(上昇調・上昇調・下降調)の含意を物語の背景から解釈すると、(1. a)は、商業を生業として身を起こし紳士階級の一歩手前まで上り詰めた、知性と社交性豊かなMr. Westonと、エマの家庭教師を住み込みで長年務めてきた、人間性に優れるも社会的身分の低いMiss Taylor(Mrs. Weston)との結婚を象徴しており、(1 b.)は、エマとの結婚を画策してエマに振られ、あくまで財産もちの女性との結婚を求めた俗物の教区牧師Mr. Eltonと、実姉が玉の輿に乗った勢いで自らの社会的地位も高めたいと社交観光地Bathで男漁りをしていた田舎の成り上がりであるMrs. Eltonとの結婚を意味していると考えられる。いずれの事件も物語の中の大きな出来事であり、エマと同様、聴者においても上昇調で記憶が喚起される。一方、(1 c.)では、「this world」「chance」「circumstance」「fate」などの語句が使われており、一般論としての世の理を述べていると考えられる。すなわち、(1 c.)は世の中における物事が不合理であるという真理をまとめた結論の役割が付与されていると解釈できる。同時に、物語の流れに即した場合、(1 c.)がほのめかしているものは、エマの想像が生み出す、遠くない未来に起こりうるであろうナイトリー氏とハリエットとの結婚という最悪の事態であり、それが、エマ、あるいは朗読者による論理の帰結として下降調で暗示されている。
 本稿では、物語音読におけるFIQの音調の意味解釈を検討した。結果として、朗読者の音調選択が多様であること、また、物語解釈が朗読者の音調選択に反映され、それが読者、聴者の解釈に寄与する可能性が示唆された。今後は、今回検討しなかったAパターン以外の音調選択における含意解釈の検討も試みる必要がある。また、作品EmmaにおけるほかのFIQの音調観察と含意解釈も検討されるべきであろう。観察対象FIDにおける文法的要素・語彙的要素と音調選択との関連やそこにおける含意の検証という観点も、今後の課題である。文学作品の読解という観点からも、物語の中における複数の声を読みとることこそが重要であると、郡(2019)は述べている。音読における音調選択の意味解釈とその効果を検討することが、複数の声の存在の確認につながり、多様な物語解釈とその深化に貢献する可能性が考えられる。

 本稿は、2019年10月26日(土)日本実践英語音声学会第3回研究大会(県立広島大学)にて実施した研究発表の内容を加筆修正したものである。

【参考文献】

Austen, J. (2008) Emma. Oxford World’s Classics, Oxford: OUP.

Austen, J. (2005) Emma. Read by Juliet Stevenson, Naxos Audiobooks.

ジェイン・オースティン(2005)『エマ(上・下)』中野康司訳、東京:筑摩書房.

Booth, W. C. (1983) The Rhetoric of Fiction, Second edition. Chicago: The  University of Chicago Press.

Brazil, D. (1997) The Communicative Value of Intonation in English. Cambridge: CUP.

Chafe, W. (1994) Discourse, Consciousness, and Time. Chicago: The University of Chicago Press.

Chen, S. (2014) Austen’s Narrative Perspective and the Problem of Interpretation in Emma and Persuasion. Tulane Undergraduate Research Journal, 32-39.

Cheng, W., Greaves, C., Warren, M (2008) A Corpus-driven Study of Discourse Intonation. Amsterdam: John Benjamins.

郡 伸哉(2019)「語りと声 文学的観点から」郡 伸哉、都築雅子(編)『語りの言語学的/文学的分析―内の視点と外の視点』中京大学文化科学研究所叢書20.東京:ひつじ書房.

Leech, G. & Short, M. (2007)Style in Fiction, 2nd ed. Harlow: Pearson Education.

LibriVox. Emma. https://librivox.org/emma-by-jane-austen-solo/ (retrieved in July 2018). Series 1-4, 6,7.

宮内信治(2018)「自由間接話法疑問文における音調の検討:rebound, replay, rethinkに着目して」 日本言語音声学会第1回全国大会研究発表、2019年7月6日 関西学院大学西宮上ヶ原キャンパス. 

オコナー,J.D., アーノルド, G.F.著、片山嘉雄、長瀬慶來、長瀬恵美 編訳(1994)『イギリス英語のイントネーション』 東京:南雲堂.

Rosmarin, A. (1984) “Misleading” Emma: The powers and perfidies of interpretive history. English Literary History, 51(2): 315-342.

島崎はつよ(2008)『ジェイン・オースティンの語りの技法を読み解く』東京:開文社.

渡辺和幸(1994)『英語イントネーション論』東京:研究社.

山口治彦(2009)「視点の混在と小説の語り―自由間接話法の問題をめぐって―」坪本篤朗、早瀬尚子、和田尚明(編)『「内」と「外」の言語学』東京:開拓社.