在宅高齢者の傷病経験が延命治療の考え方に与える影響-本人とその子の語りから-

更新日2015.01.09

看護アセスメント学 田中 佳子

はじめに
現在わが国は超高齢化社会であり、高齢期に死を迎える人の割合の増加とともに人生最期の過ごし方、死の迎え方に対する考え方も多様化しています。また、めまぐるしい医療技術の進歩に伴い、延命することで患者の尊厳や安寧を侵害する可能性がうまれ、人々の間にも徒に命を引き延ばすよりも、その人らしい尊厳のある終末期を迎えたいという考えが高まっています。しかし、高齢期に多く発症する認知症などにより自らの意思を伝えられず、死を迎える高齢者も多くいることが考えられます。高齢者がよりよい死を迎えるには、日頃から家族と終末期の希望について話し合う必要がありますが、高齢者が元気なうちに話し合うことは難しいと、先行研究により明らかにされています。
そこで、本研究では、傷病経験を有する在宅高齢者に延命治療に関する家族との共有状況についてインタビューを行いました。本報では傷病経験が延命治療の考えに与えた影響について報告します。

方法
75歳以上の傷病経験のある在宅高齢者(以下、親)とその子7組(14名)に個別で半構成的面接を行い質的に分析しました。質問は①延命治療の希望、②家族内での意思の共有、③傷病経験が考え方に与える影響等です。分析では、傷病経験による変化に着目しました。なお、本研究は本学研究倫理・安全委員会承諾を得ています。

結果・考察
対象者の平均年齢は、親81.3±3.7歳、子54.0±4.7歳でした(表1)。傷病経験と延命治療の考え方への影響を表2に示します。語りは「斜体」で示します。

親は「今度本気に考え出しましたね。今までは冗談半分、本気半分でした。これ以上家族に迷惑かけちゃいけないって… (子が)心配してますからね。…チャンスがねぇ、難しいですね」 と語り、【現実感が増し】【共有の難しさ】を感じていました。子は「胃瘻作って人工呼吸器入れたから、もし万が一の時に今度どうしようかなっていうのは言いやすくなった」 「(以前はしたくないと考えていたが今は)いざなってみたらした方がいい。ただ、やっぱきつかったっていうのが事実…ある程度の期間だったら延命治療してくださいとは言う」と語り、【共有のしやすさ】を感じ、延命治療を希望するようになりました。
Bは、多発性神経炎と肺炎重症化による人工呼吸器装着、胃瘻造設という経験をしました。
Cは心不全による入退院を繰り返し、リハビリのためディケアの利用を開始しました。親は「今のところ、あまり深く考えてない…特別変化もないです」と語り、延命治療について深く考えておらず影響はありませんでした。一方で子は、「もう(今後のことについて)考えなきゃいけない時期じゃないかなぁ」と語り、【現実感が生まれ】ていました。
Dは低血糖で倒れたときに腰椎圧迫骨折し入院しました。親は「(もともとしたくないと考えていたが)病院に入った時から、これはもう自分が倒れたら、絶対に延命治療しないって自分で…おしっこは行かなくていいように管通すし…もうこれじゃどうにもならないと思って」と語り、以前も延命治療はしたくないと考えていましたが、傷病経験を経てその【意思の強さが増し】ました。子は「今回のインタビューがあるっていうことで、今まではあまり話したことはなかったですけど、ちょっと話をした…そこまでひどくなかったから、意識がすぐ戻ったし…そこまでは頭に浮かばない」と語り、親の傷病を重症と捉えず影響はありませんでした。
Eは転倒により手首を骨折し、入院した後ディサービスの利用を開始しました。親は「子どもたちのするありさまでいいです。もう何も要求はしません」と語り、延命治療をしたくないという意思はありますが、その意思を子に伝えない上で子に任せていました。子も「本人の思いはもう大体わかってるから…話しても平行線っていうか、なかなか交わるのは難しい…やっぱ親子だから難しいですねぇ」「今回、いい機会だったんですけど、入所のところに○をどれにする?とかいう感じで、まぁ機会ではあったけど、兄も本人には聞かなかったですねぇ」と語り、その親の意思がわかるからこそ共有できないという想いが強く、影響はありませんでした。
Hは脊柱管狭窄症の痛みやしびれで入浴介助が必要になりました。親は「(他者の状態からしたくないと考えていたが)やっぱ自分でできないっていうことがね、人に迷惑かけるのが嫌で、深く考えるようになりました」と語り、【現実感が生まれて】いました。一方で子は「元気でいるので、今のとこ。そこまで考えたことないですね」と語り、傷病を経験しても親は元気であると捉えおり、影響はありませんでした。
Iは転倒後の足の痛みやしびれにより歩行困難となりました。親は「元気でいれるだけいるからって常に言っている…(転倒時も)とにかく歩けるようにしよう」と語り、傷病の回復時も元気になることだけを考えており、延命治療については考えず影響はありませんでした。子は「正直、転んで動けないって知らなかった。後で、話を聞いてあぁそうなのかって感じ」と語り、親の傷病を後で知り影響はありませんでした。
Jは狭心症による入院と手術を経験しました。親は「もう延命治療は初めから子供にも言ってます…常々言ってるから…ころっといけばそれは本望と思って」と語り、以前から延命治療について考えており、影響はありませんでした。子は「最初は避けたりとか、あまり話をしないとかになってた…入院とか具体的な事があったり、歳をとるにつれて、少しずつそういう話に近づいた」と語り、傷病がきっかけで【共有のしやすさ】を感じていました。

おわりに
傷病経験は、普段から延命治療や死を意識して考えている人には、現実感が増したり、意思が強くなるような影響を与え、延命治療について深く考えていない人や真剣に考え強い意志を持っている人には影響を与えないということが考えられました。また、同じ傷病経験でも、延命治療の考え方への影響は親子で異なることがわかりました。今後、家族内で意思を共有していくためには、普段から延命治療について考えていない親と子の両方に対して、死を身近なものとして捉え、考えることができる場を提供することが必要だと考えます。また、家族で話ができる場を提供する際は、親と子両者の延命治療に対する考え方や共有に対する思いを理解し、対象に応じた介入を行う必要があることが示唆されました。