医療機関における患者の権利規定の現状

更新日2014.10.08

保健管理学研究室  平野 亙

1.はじめに
 福岡に事務局をおくNPO法人患者の権利オンブズマンでは、医療に関する苦情を抱えた患者・家族との面談相談や、相手方医療機関と相談者の直接的対話では問題が解決しなかった場合に、相談者の申し立てに基づいて苦情調査を実施しています。近年実施した苦情調査案件の調査過程で、患者の権利を侵害した疑いのある医師の言動の背景に、病院の不適切な「患者の権利」規程が存在していることが判明しました。
 「患者の権利」の位置づけは、医療倫理や医療法制の重要な論点ですが、医療機関にとって満たすべき水準の指標となる日本医療機能評価機構の評価項目には、「1.1患者の意思を尊重した医療」の項があり、患者の権利の明文化を求めています。そこで、現実に医療機関がどのように「患者の権利」を規定しているのか、医療機能評価認定病院を対象とする実態調査で明らかにすることにしました。この実態調査の集計と分析を平野が担当しましたので、結果をもとに医療機関における「患者の権利」規定の現状について紹介します。

2.調査方法
 福岡県内の医療機能評価機構認定病院145院(2012年8月現在)に自記式調査票(記名式)を郵送しました。調査票への回答と患者の権利等に関係する規程の送付を依頼し、64病院から回答がありました(回収率 44.1%)。また回答のあった64病院中、39病院から規定等の送付があり、HPにより確認できた規定を加えて、「患者の権利」に関する55規定(57病院)を分析しました。

3.結果
3-1 アンケートの結果
1)「患者の権利」の規定
 64病院中、規定を整備しているのは59病院(92.2%)で、そのうち55病院(85.9%)では病院内に掲示しており、42病院(65.6%)は「入院案内」等に掲載していました。

2)患者の権利に関連する苦情申立
 患者・家族から苦情の申立があったと回答したのは、11病院(17.2%)でした。苦情に対する病院の対応法としては、苦情受付窓口を設置しているのが44病院(68.8%)、苦情解決のための委員会等を設置しているのが27病院(42.2%)で、そのうち常設の委員会があるのは16病院(25.0%)でした。

3-2 「患者の権利」規定の分析
1)規定の形式
 病院の示す規定には、大きく分けて3つの形式がありました。
 ①患者の「権利」のみ規定するもの。類型として、権利規定に加え、患者への「お願い」を記載するものがある。
②患者の「権利」と患者の「責任」「責務」を併記するもの。類型として、患者の「権利と責任・責務」のような記載となっているものがある。
 ③患者の「権利と義務」を規定するもの。中には、「義務」に違反した場合の制裁規定を設けた病院も存在する。

2)患者の「権利」を留保ないし制限する可能性のある規定
 患者が診療に積極的に関与することや病院業務の円滑な遂行に協力することを患者の「責務」あるいは「義務」とした規定は、表1のとおりです。これらは病院規則のような形で入院時に患者に示されることが多い内容ですが、さらに、患者の「権利」規定でありながら、併記することで諸権利を制限ないし否定する規定も存在していました。

3)インフォームド・コンセント手続き規定の現状

 まず患者の「指示を守る義務」を規定したもので、3つの規定が該当しました。具体的には、「十分な情報や説明を受け、理解した上で、提案された診療計画などを自らの意思で決める権利があります。」としたうえで、続けて「しかし、それらの内容に関する指示は守っていただく義務があります」とするような規定です。
それらは以下の3種類に大別されます。
第2の類型は、諸権利と並置する形で、「医師の裁量権」を明記するもので、5つの規定が該当していました。具体的には、「裁量権とは、医療が持つ本質的不確かさによりおこる事柄に対して、医師(及び医療従事者)の学識経験に基づき医療行為を行うこと」と説明し、患者の自己決定権を包括的に制限しています。
第3の類型は、誤った権利概念に基づく記載で、5つの規定が該当しました。権利とは人と人の関係性の中で生じる概念で、患者の権利は医療従事者にとっての義務となるものですが、権利を義務や責任と引き換えに生じるものという誤った理解に基づいて「権利には常に義務と責任が伴うもの」等の記載をしていました。
 患者の権利規定の中核をなすのは自己決定権とその実現手段としてのインフォームド・コンセント手続きです。全ての権利規定は、いちおう患者への説明と同意手続きについて触れていますが、自己決定権とインフォームド・コンセント手続きを正確に明記した規定は非常に少なく、「自己決定権」の規定がない(5規定)、患者の権利が「選択」に限定される(9規定)といった問題がありました。また患者の選択権を保障するうえで不可欠な「代替的治療法に関する説明」があるのは、わずか4規定にすぎませんでした。
以上の特徴から、現行の権利規定の多くは、自己決定権を保証するに不十分であることが示されました。

4)苦情解決手続・苦情申立権
 患者の苦情手続きについて、患者向けの権利規定に明示した規定はなく、「苦情や意見を述べる権利」の記載が6規定、「医療改善等への参加権」の記載が5規定でみられたのみでした。

4.考察
 日本医療機能評価機構の評価項目には、「1.1患者の意思を尊重した医療」の項があり、患者の権利の明文化を求めていますが、機能評価認定病院の「患者の権利」規定の中には、「患者の権利」を示す規定でありながら、その中に、権利を不合理に制限ないし否定する文言が含まれる規定が存在することが明らかになりました。これらの規定は、形式的に権利を宣言していても、実質的に権利保障のための規定の用をなしません。
 権利規定の中核をなすインフォームド・コンセント手続き・患者の決定権に関しても、
多くの欠陥が見られました。インフォームド・コンセントの基本原則は、「診療に先立って、事実を説明し、同意を得る」ことですが、患者の意思決定がすべての診療に先立つことの規定がなく、説明を受ける権利と選択・決定権を別項とする規定が多くみられます。また説明で必要とされる情報として、厚労省「診療情報の提供に関する指針」(2003年)は表2に示すような7つの内容を示していますが、実際には、代替的治療法の説明がほとんどない、提案される医療行為を中止する権利の記載がないといった欠陥が見られました。

 なぜこのような現象が起きているのでしょうか。その背景には、医療における決定のあり方、ないし合意形成のあり方について正しい理解が浸透しておらず、医療者が全てを決定するという旧来のパターナリズム医療の考え方が温存されているものと考えられます。ですから規定のうえでも、患者には、事実上、医療者が提案した診療計画を受け入れることを決定する権利(同意する権利)だけが保障されていて、それを拒否したり、代替的な治療を選択する権利等は保障されていないだけでなく、一旦受け入れた以上は「それらの内容に関する指示を守っていただく義務があります」とするような事態が生じているのです。医療における決定権者は患者であり、医療者の責任は最善の医療を提案し患者の意思決定を支援することにあるという倫理規範、患者の権利の重要原則が、日本の医療では実体的に保障されていないことを端的に示すものといえるでしょう。

 WHOヨーロッパ会議が提唱した「患者の権利促進宣言」(1994年)は、患者の権利を実体的に保障するための手続きとして、患者が権利を侵害されたと感じたときに苦情申し立てができなくてはならないと規定し、そのための手続きを医療機関の内外に設立するよう勧告しています。しかし日本の医療社会には、苦情解決の考え方は浸透しておらず、病院の内部文書に苦情処理規定はあったとしても、患者向け文書に「苦情申立権」を明示した規定はありませんでした。
 苦情解決に関しては、2012年に診療報酬に「患者サポート体制充実加算」が追加され、その届出に関して、2013年には厚労省から「医療対話推進者」の業務指針等が示されました。今後、患者・家族から発せられる苦情を事故防止や質の改善につなげ、医療の場に「説明と対話の文化」が醸成されることが望まれています。

本調査の内容は、下記で報告されています。
・医療基本法福岡シンポジウム「患者も医療者も幸せになれる医療をめざして みんなでつくる《いのちの憲法》」2012年11月10日(福岡市)
・「患者の権利」に関する規定整備の実態調査をしました. 患者の権利オンブズマンNEWS Letter「患者の権利」第78号(2013.1.20)