慢性疾患とともにある男性のセクシュアリティの看護ケアに関する文献研究

更新日:2017年8月17日 ページ番号:0000463

 成人・老年看護学研究室 森加苗愛

はじめに

 セクシュアリティは患者の基本的人権であり、医療現場では、その尊厳の保持とケアの更なる充実が唱えられています。しかし、わが国における慢性疾患をもつ男性のセクシュアリティに関する医療や看護には、未だ多くの課題があげられています(長谷川 2004)。特に勃起不全(Erectile Dysfunction;ED以下ED)においては、患者は医療職者に相談できずに1人で長年悩み、偽造医薬品を購入する事例があり、海外では死亡例を含む重大な健康被害が報告されています(Kao SL et al,2009)。特に糖尿病をもつ男性の場合、ED合併率は66.0%にのぼることが報告され、そのケアは重要であるといえます。
 わが国のセクシュアリティに関する看護研究は、がんや泌尿器科疾患における手術療法や放射線療法の侵襲によるケアに関するもの、心疾患などの慢性疾患や高齢者のセクシュアリティに関するものがありますが(小松他 2001 簱持他 2001 野村他 2001)、希少であり、糖尿病領域においては未だみられていません。
 本研究は、慢性疾患をもつ男性のセクシュアリティの看護ケアを国内外の文献から明らかにし、今後わが国におけるセクシュアリティの看護ケアへの示唆を得ることを目的としています。

方法

1.対象文献の検索

 国内の対象文献は、データベースは医学中央雑誌Web版を用い、キーワードは「セクシュアリティ/sexuality」、「勃起障害/erectile dysfunction」、「看護」で検索しました。
 海外の対象文献は、データベースはMEDLINEを用い、キーワードは「sexuality」、「erectile dysfunction」、「Nursing」で検索しました。

2.対象文献の選定

 1で検索した文献について「対象者が男性であること、成人期から老年期以外の発達段階の対象者は除外する。」「性的指向の多様性の尊重を前提とした上で、本論文においては性的少数者(Lesbian,Gay,Bisexual,Transgender;LGBT)を対象とした看護ケアに関する研究論文は除外する。」等5項目の選定基準を設け、入手可能であった論文の結果および考察において、慢性疾患を持つ男性のセクシュアリティの看護ケア、看護ケアへの示唆が読み取れる文献を選定しました。

3.分析方法

 対象論文の結果もしくは考察においてセクシュアリティの看護ケア、看護ケアへの示唆が読み取れる部分を抽出しケアの類似性によって分類・整理してラベル化し、最終カテゴリーを導出しました。

結果

 国内論文13文献および海外論文8文献が選定され、計73枚の看護ケアラベルが抽出されました。ラベルを分析した結果、【環境およびシステムを整えるセクシュアリティの看護ケア】【患者・パートナー(家族)に対するセクシュアリティの直接ケア】の2つのカテゴリーのもと、計16の『慢性疾患をもつ男性のセクシュアリティの看護ケア』が導出されました。内容を表1に示します。表内の“ラベルNo.”は、①~⑬は国内文献、ⅰ~ⅷは海外文献から抽出された看護ケアであることを表しています。

表1.慢性疾患をもつ男性のセクシュアリティの看護ケア(表をクリックすると拡大します)

表1.慢性疾患をもつ男性のセクシュアリティの看護ケア(表をクリックすると拡大します)の画像

1.【環境およびシステムを整えるセクシュアリティの看護ケア】

 ≪患者のセクシュアリティに関する情報収集と経時記録物の整備を行う≫、≪相談窓口の設置と明確な案内方法を整える≫、≪プライバシーが配慮された個室環境を整える≫、≪多職種間・多領域間の円滑な連携体制を整える≫等、男性のセクシュアリティの看護ケアを実践する上で整えるべき8つの環境や医療システムが明らかとなりました。

2.【患者・パートナー(家族)に対するセクシュアリティの直接ケア】

 ≪セクシュアリティを含めた患者の全体像の理解のもと、看護過程を実践する≫、≪慢性疾患とセクシュアリティの関連についての一般的知識・対処の情報提供を行い、個別の相談対応(場所・相談対応者・方法)について説明する≫、≪患者のパートナー(家族)の思いを確認しつつ、セクシュアリティの問題について傾聴し、看護過程を実践する≫、≪看護師は患者のセクシュアリティに向かい合う上で倫理観のもと看護実践する≫等、セクシュアリティの看護ケアを実践する環境や医療システムを整えた上で、患者とパートナー(家族)へ実践すべき8つの看護ケアが明らかとなりました。

考察

 本研究において国内外の21文献から、2つのカテゴリーのもと、計16の『慢性疾患をもつ男性のセクシュアリティの看護ケア』が明らかとなりました。
 【環境およびシステムを整えるセクシュアリティの看護ケア】では、患者のセクシュアリティを含めた情報収集や記録物の整備、プライバシーが保護された個室の相談窓口の設置と案内、看護師のためのマニュアルや支援・教育体制の整備、医療チームや他職種間の連携の重要性が示されています。
 【患者・パートナー(家族)に対するセクシュアリティの直接ケア】では、セクシュアリティは人間の基本的人権であり、患者の全体像を捉える上で不可欠な視点であると理解し、患者との信頼関係のもと、自らも知識や倫理観を高め実践すべきことを示しています。
 齋藤(2009)は、患者のプライバシーには「放っておいてもらう権利」、「個人が性的自由を保障される権利」の2つの側面があり、「放任」と「関与」との相反する2つの要素を共に要求するアンビバレンツを含むことを述べています。セクシュアリティの問題はプライバシーに深く関わる問題であるため、重要なのは、医療職者からの情報提供により患者が自らの身体感じ、今後の対応について自らの意思で選択できるように医療者が支援することであるといえます。
 セクシュアリティの看護ケアが充分に実践されていない現状において、今後は看護ケアの中核を担うことができる人材の育成、その創造を目指す看護研究の取り組みの促進が課題であるといえます。

この研究発表は、日本性科学会雑誌Vol34,p43-55,2016.において発表されたものの一部です。

引用・参考文献

長谷川万希子:ED治療の最初の一歩‐患者が医師に望むこと(年代別のニーズを探る)-.性差と医療、1(4),469-474,2004.
簱持知恵子、小松浩子:心筋梗塞という病が病者の性に与える意味.聖路加看護学会誌、5(1),51‐57,2001.
Kao SL,Chan CL,Tan B et al(2009):An unusual outbreak of hypoglycemia,
NEngl J Med,360,734-736.
小松浩子、野村美香、岡光京子 他:老いと慢性病をもつことによる高齢者へのセクシュアリティへの影響.聖路加看護学会誌、5(1),41-50,2001.
野村美香、小松浩子、伊藤恵美子 他:慢性病をもつ高齢者の性に対する看護婦の認識.
老年看護学、6(1),123‐128,2001.
齋藤有紀子:性と向き合うとき.難病と在宅ケア、7(10),7‐9,2009.

分析対象文献

国内文献

①酒井綾子、水野正之、濱本洋子、他:前立腺がん患者の性に関する看護援助の実態と看護援助経験をもつ看護師の認識.日本看護研究学会雑誌、35(4),57-64,2012.
②池田健太郎、古川慎哉、清水大樹、他:糖尿病療養女性スタッフを対象としたErectile dysfunction(ED)に関する意識調査.愛媛医学、31(1),12-16,2012.
③兼宗美幸、筑後幸恵:「人間の性」に関わる看護ケアに影響する意識
女性看護師の場合.日本看護学会論文集 看護管理、37,397-399,2007.
④城川奈津江、小寺恵美、出村淳子、他:造血細胞移植後患者の退院後のセクシュアリティに関する実態調査.日本看護学会論文集 成人看護Ⅱ、37,229-231,2007.
⑤山内美恵子:患者の性的言動に遭遇した時の看護師の態度の類型化に関する研究 個人態度構造分析から.日本看護学会論文集 看護管理、36,389-391,2006.
⑥黒沢文子、海老根聖子、渡辺敏江:看護現場における患者の性的行動と看護師の対応の現状、日本看護学会論文集 看護管理、34,247-248,2004.
⑦赤嶺依子、国吉緑、外間実裕、他:老人ホームケアスタッフにおける「高齢者の性」に対するイメージの研究 基本的属性との関連性.日本性科学会雑誌、21(1),18-23,2003.
⑧朝倉京子:看護職者の「セクシュアリティに対する態度」に影響を与える要因.
看護研究、36(6),509-516,2003.
⑨岡田貴子、本田育美、大町弥生:看護者の性に対する認識がケアに与える影響.
日本看護学会論文集 母性看護、32,84-86,2002.
⑩籏持知恵子、小松 浩子:心筋梗塞という病が病者の性に与える意味.聖路加看護学会誌、
5(1),51-57,2001.
⑪小松浩子、野村美香、岡光京子、他:老いと慢性病をもつことによる高齢者へのセクシュアリティへの影響.聖路加看護学会誌、5(1),41-50,2001.
⑫高村寿子、松本 鈴子、神山幸枝、他:看護職のセクシュアリティ 性の認識と看護の現状と今後の課題.自治医科大学看護短期大学紀要3巻、53-64,1994.
⑬工藤祝子、岸真知子、姫野憲子、他:入院患者のセクシュアリティと看護 チームでのとりくみとプライバシー尊重の実態.日本看護学会集録24回 看護管理、67-69,1993.

海外文献

ⅰ.Chris Quinn,Brenda Happell:Talking About Sexuality With Consumers of Mental Health Services.Perspectives in Psychiatric Care,49,13–20,2013.
ⅱ.Chris Quinn,Brenda Happell:Getting BETTER: Breaking the ice and warming to the inclusion of sexuality in mental health nursing care.International Journal of Mental Health Nursing,21,154–162,2012.
ⅲ.Nina Saunamaki,Matilda Andersson,Maria Engstrom:Discussing sexuality with patients:nurses’ attitudes and beliefs.Journal of Advanced Nursing,66(6),1308–1316,2010.
ⅳ.Roger Green,Slavica Kodish:Discussing a sensitive topic:Nurse practitioners’ and physician assistants’ communication strategies in managing patients with erectile dysfunction.Journal of the American Academy of Nurse Practitioners,21,698–705,2009.
ⅴ.T. Jaarsma, A. Strömberg、B.Fridlund et al:Sexual counselling of cardiac patients:Nurses' perception of practice, responsibility and confidence.European Journal Of Cardiovascular Nursing,1-6,2009.
ⅵ.Rona Rubin:Communication about sexual problems in male patients with multiple sclerosis.Nursing standard,19(24),33-37,2005.
ⅶ.Barbara A:The experience of sexuality for individuals living with multiple sclerosis.Journal Of Clinical Nursing,12(4),571-578,2002.
ⅷ.DAVID PONTIN,TIM PORTER,RURAIDH McDONAGH et al:Investigating the effect of erectile dysfunction on the lives of men: a qualitative research study.Journal Of Clinical Nursing,11(2),264-72,2002.