原付で死なないために written by KAGEYAMA, Takayuki

更新日:2020年11月16日 ページ番号:0000069

 止まれば倒れる、後戻りはできない…単車は私の性格と実によく相通ずる乗り物だ。車を嫌い、「原付のみ」という希少価値免許を取り、「黄色は進め、赤は急げ」と言われる土浦ナンバーに囲まれつつ単車歴十数年。1台目は盗難に遭ったが2台目ではついに5万を走破して乗りつぶし、現在はバス通勤ながら気の向いた日には3台目の水冷4サイクルを転がしている。大分のなだらかな山なみを越えて、ちょいと温泉まで、峠の茶屋まで。気軽に乗れて、軒先に停められ、経済的で環境にやさしく(カブは公称リッター130kmという驚異の燃費を誇るという)、四季の変化を風で感じられる、原付はエコツーリストに好適の輸送手段だ。(ただし後ろに彼女を乗せることはできない…)
 しかしこの愛すべき器も、つきあい方を誤れば凶器と化す。ああそれなのに、教習所で四輪免許を取る時に、”単車で死なない乗り方じゅうぶん教わることはない。「原付免許」に至っては、実技教習なしで取れてしまう。そこで、原付を転がしながら生き延びてきた経験を、覚え書きにしてみた。あなたの通学・通勤のご参考になれば幸いなり。

Mement mori.(死を覚えよ)---バイクに乗る前に

死はこっそり忍び寄る(van den Berg)

 生身の身体が剥き出しのバイクは、ちょっとした接触事故も生命の危険につながる。バイクに乗った瞬間から、あなたの隣に死の誘惑が忍び寄っていることを忘れてはいけない。

まともなバイクを買おう

 このページでは排気量50cc未満の原付(原動機付自転車=原チャリ、個人的には原チャという呼び方が嫌いである)だけを考える。大きなバイクに比べ、安く利用者も多い。中古車を買える機会も多い。ただし、事故でフレームが歪んでいたり、エンジンにガタが来ていると命取りになる。経歴のわからない中古車は絶対に避け、信頼できる眼を持った人の推薦がなければ中古車を買わないほうが安全だ。なお、一部のショップでは、年賀状配達用に郵便局へリースしていた新車カブを1月中に中古としてリリースしている。大した距離は走っていないわけで、狙い目といえよう。

どの車種にするか?

 原付にもいろいろあって、タウンユースに限っても3タイプある。
 カブなどのクラッチや荷台があるタイプをビジネスバイクという。走行・運搬機能に優れ、4サイクルで燃費がよいが、ファッショナブルとは言い難い(おじさん向け?)。
 腰掛け型のファミリーバイク(スカートでも乗りやすいレディス向けという意味らしい)は可愛らしい(?)し、サドル下に収納があればヘルメットも入る車種もあって運搬能力もまずまずだ。オートマティック車なので初心者でもすぐに走れる。だが、膝で車体をはさんで確保(ニーグリップ)できないので、万一の事故の時には大きく投げ出されやすい。たいていは2サイクル車だったが、最近はみな水冷4サイクルで、燃費も格段に向上している(公称リッター60km)。ミニ(レジャー)バイクと呼ばれるタイプをおしゃれと思うかどうかはあなたの自由。ただし、外観はファッション性重視だが、エンジン設計は低速中心のタウンユースを考えているという点にも注意してほしい。これをバリバリふかして嬉しがるのは、化石燃料の無駄遣い、幼稚な遊びと心得たい(人の健康のことを考える学生は地球環境や騒音公害のことも考えるべきだ)。

壊れやすい頭

 灰色の脳細胞をまもるヘルメットは、何よりも安全第一。事故歴のあるヘルメットや、数年以上使ったものはやめよう。型としては、頭部を完全に覆うフルフェイス型か(ただし原付ではちょっとオーバー?)、ジェット型(フルフェイスよりも真面目に見えるので警察の人が優しく接するという噂もあるが、つかまるようなことをしなければ関係ない)が安全。あくまで未確認情報だが、後頭部の覆い方が不十分なおわん型・半キャップ型(「髪が乱れない」とされ、おしゃれな外観のものが多い型)では頭部外傷による死亡が多いという説もある。このタイプはシールド(風雨をよける透明の覆い)がついていないことが多く、悪天候のときに困る。
 半年くらい使ったシールドは飛散物で無数に細かい傷がついていて、夜間(とくに雨天時)に対向車のライトがまぶしく光る。シールドのスペアをまとめて買っておき、こまめに交換したほうがよい。
 そういえば先日、まさかと思っていたが、ついに見てしまった。おっちゃんがバイクに乗りながら携帯電話で話しているのを。すれ違いざまだったのでよくわからなかったが、後から「ヘルメットはどうなっていたのだろう?」と考え込んでしまった。ふつうにかぶっていれば聞こえないように思うので、たぶんちゃんとかぶっていなかったのだろう。恐ろしいことだ。

雨ニモ負ケズ、冬ノ寒サニモ負ケズ

 私が悪天候のためにバイク通勤を断念したことは1度しかない(その日は大雪で職場も休みだった)。バイクを毎日の通学通勤に使うのであれば、全天候型装備が必要だ。
 グローブは、手先を寒さから守るためと、万一の転倒時の外傷を防ぐための装備だ。後者のことを考えると、手が不自由になるミトン型(ハンドルに取り付ける)グローブはお奨めできない。職場の近くで、原付おばさんが対向右折車に引っかけられた現場に遭遇したことがあるが、転倒時に手が出なかったため路面に顔から突っ込んでいた。あるタクシードライバーは「私はなぜかバイクだと運転が下手で事故ってしまうのです。幸い柔道の心得があるので転倒間際に車体を突き飛ばし身をかわして助かってきたんですが、この間の4度目の事故の時にはミトンのせいで身をかわせず足を骨折しました。」と語っていた。市販のバイク用グローブは高価だし薄手なので、防寒を考えるとスキー用、防水まで考えるとダイビング用のものがお奨め(グローブに限らずスキー用品にはバイクに転用できるものが多い;乗り方のバランスも似ていると思う)。ただし、スキー用グローブで掌の滑り止めが効き過ぎているものだと、ブレーキ・アクセル・ウインカーなどを操作する時の掌の移動が不自由になる。また、ストックを握らないスノボ用のグローブでは、指がとても動きにくいものもあるから気をつけたい。ともかくも、短距離だから、きょうは暑いからといってグローブを省略せず、必ず装着したい。
 本格的なバイクスーツは確かに優れ物だが、原付には大げさすぎる。天候の良いときには普段着で乗り、天候に応じて防寒・防水用のウェアを着ればよい。雨や寒さで心がおちつかないと必ず運転に悪影響が出る(目的地に早く着きたくなるし、注意力が落ちる)。私は真冬にはスキーウェア(上下)を使い、寒いときには下にダウンベストを着込み、冷たい雨の時には上に自転車用レインスーツを重ねる(ポンチョはばさつくので不可)。いずれにしても明るい色の物を使い、四輪や歩行者からの視認性を高めることだ。悪天候の中でバイクを使うためにはスカートをあきらめる必要がある。
 いくら天候が良くても、ばさばさする格好で乗ってはいけない。2mもの長いマフラーを首にした女子学生が、マフラーをバイクに巻き込まれたために首を絞められて死亡した、という痛ましい事故もあった。
 バイク通学生には、爪先やかかとが完全にカバーされていない履き物を使っている人が多いが、これも非常に危険だ(サンダルは論外)。私も、危険な車を回避しようとして道路の小陥没にタイヤをとられ、急ブレーキと同時に地面に足を着いてバランスを支えたために、革靴の爪先が壊滅したことがある。あの時もし爪先がオープンの履き物だったら、革靴の代わりに足の指を失っていただろう。バイクでは、ちょっとしたトラブルの時でも足を着地するのだから、足首から下を完全にカバーしてくれる履き物(よくフィットしたもの)にしなければならない。

リュックでファッショナブル

 通学通勤で原付を使うならば、毎日の荷物のことも考えなければならない。小さなショルダーバッグでも、ぶらぶらしているとつい気を取られて運転が不注意になりやすい。肩に掛けるなら、たすき掛けだ。(ファミリーバイクの足下に買い物袋を置いたり、ハンドルに袋をぶら下げているおばさんのことは、論外としよう。)
 ファミリーバイクのサドル下スペースには、B5サイズのノートしか入らないことが多い(柔らかいA4サイズなら折り曲げて入ることもある)。これは本来、駐車時のヘルメット収納用なのだ(冷凍・生鮮食品がエンジン熱で温まることにも注意!)。フロントのバスケットに重い物を入れすぎるとハンドルをとられるし、大きな物を入れると夜間はヘッドライトの照り返しで眼が明順応を起こし、暗がりから出てくる歩行者などに鈍感になってしまう(荷物が白っぽいほど危険)。後部荷台が大きめのビジネスバイクならば、そこにゴムバンドでしっかりくくりつけるか、後部にキャリアボックスを取り付ける手もある。
 もっと確実なのは、自分のファッションに合った(バイクを降りても似合う)リュックサックを、両肩でしっかり背負うことだ。私はクラリネットが2本入った重いケースを背負うために、登山用のザックを愛用している。ファッショナブルなトレッキング用ザックも多く出回ってきたので、ニューヨーカーのように背広の上に背負うのも悪くない(大分市ではあまり見ないが新宿や原宿ではけっこう見かける)。

キーロックのこと

 エンジンキー部分が剥き出しになっている原付は、車よりはるかに盗まれやすい(最近は蓋をできるものもあるが)。その気になれば、キーを壊してエンジンをかけるのはそう難しいことではないようだ。特に、免許が取れない年齢つまり中学生による(したがって春・夏休みの)原付盗難が多いらしい。
 しかし、いくらエンジンがかかっても、タイヤ部分を厳重にロックしてあれば持ち逃げは難しくなる。ちゃちなチェーンロックから高価でごつい物までいろいろ売っているが、できるだけ厳重なもので、駐輪場の柱など動かせない物に固定するのがいちばんよい。

走り出せ---少しずつ

Progressive ......

 急加速、急ハンドル、急停止・・・・何につけ「急」は危険と心得よう。いきなりぶっ飛ばさずに、チェックポイントを確かめてから走りましょ。

命を掴め

 バイクは手の操作で走行・停止する。初心者にありがちな、ガチガチに力が入ったグリップは、状況変化に柔軟に対応できないので危険だ。反対に、乗り慣れてきた人ではハンドルの上に軽く手を載せているだけのこともあるが、路面の凹凸で手が跳ね上げられてしまう危険がある。ブレーキ操作しない時は4本の指でしっかりハンドルを握り、必要な時だけ素早くブレーキレバーを握り直せるように練習しよう。

ガニ股は恥

 体格に比べて小さいバイクを乗り回している男性に多いが、ガニ股で左右に大きく膝を開く乗り方には危険がある。ビジネスバイクやミニバイクでは、車体を膝でしっかり挟んで(ニーグリップ)バランスをコントロールする姿勢を身につけるべきだ。ニーグリップできないファミリーバイクでは、脚を前方に揃えることにより、車体の縦方向の揺れを膝で吸収できる。いずれにしても膝を開かない乗り方の方が、左右のバランス感覚も敏感になる。これに比べてガニ股乗りは、バランスを立て直す余力が乏しく、車体より外側にはみ出した膝を障害物や他車両にぶつけてクラッシュする危険もある。

アサーティヴ・ライディング

 自分の中に起こった感情や意見を、攻撃的になることなく「私はこう思う」「私はこうしたい」と相手に伝えるアサーティヴコミュニケーションを、精神保健論では大切な社会スキルの一つと考える。
 同じことは運転にも言える。たとえば、自分はどちらに進みたいのか、止まりたいのか、といったことを、ウインカー、動作、視線などにより、誤解なく周りに伝える能力は大切だ。事故った時に危険の大きいバイクは、周りの車両や歩行者との相互の信頼に支えられて、はじめて「安全に走らせていただける」のだということを忘れてはならない。その第一歩として、最初に道路に出る前にきちんとウインカーを出し、心覚えとしてはどうだろうか。

急停止するな

 停止する時には後方確認して左ウインカーを出す。そんなことわかっていると思うだろう。ところが、登校途中の学生には、歩道を行く友だちを見つけて急停止する輩が少なくない。後続車が原付だったら追突の危険は大いにあり、より低い確率だが車に追突されたら死ぬ確率はそれなりに高い。「やりたいと思ったことをすぐに実行してよいことは少ない。」

最悪を想定しろ---危機管理の原則

楽観論者は原付に乗るな

 繰り返すが、ひとたび車と事故を起こせば、危ないのは原付に乗っている側だ。いくら「責任は向こうにある」と言っても、事故の後では遅い。だから原付に乗る時には、「あの角から急に車が飛び出してきたらどうなるだろう?」「あの対向車が実は居眠り運転していて、急にこちらの車線にはみ出してきたらどうしよう?」「あの車のドアが急に開いて子どもが飛び出してきたらどうしよう?」「あの車が自分にまったく気づいていなくて、かまわず右折してきたらどうなるだろう?」などと、常に最悪を想定しながら、あらゆることに細心の注意を払って走るべきだ。「きっと大丈夫」「たぶんOK」と思える人は……人生にはそういう才能が大切なときもあるが……そういう楽観論者は原付に乗らない方がよい。

左端に罠あり

 車社会という大海の中では、原付はちっぽけな小舟のようなもの。道路の左端を時速30km以下で走るよう義務づけられているのも当然だ。しかし、法で定められた「道路の左端」には、四輪では気が付かない特有の危険が待っている。

  1. 道の左端には落下物が多い。左カーブで先が見通せない時にはいっそう注意が必要だ。パンクの元にもなる。
  2. 違法であれ合法であれ、路上駐車している車は左端にいるものだ。特に夜間、駐車車両に気づかず追突して死亡事故になる例は多い(駐車していたダンプカーの後部に無惨な掌の痕を見たことがある…激突死した高校生がとっさに延ばした手だ)。
  3. 左から出てきた車が、たとえ一時停止したつもりでも、鼻先だけ突き出してくると、左端を走っている原付には衝突の危険がある。前方に路地がある場合には「ひょっとして」と予測しておくだけで、この危険はかなり回避できる。
  4. 道の左端には砂や砂利が多い。時には油も。つまり二輪車にとっては、横転の危険が多いということ。これもまた、速度を控えることで避けられる。

滑らないために

 凹凸のあるタイルや石畳ではバランスを取るのがむずかしいので、適度に徐行する必要がある。また、平らなタイルでは(特に濡れている時)左右に滑りやすいので、曲がるときに急な体重移行を避ける必要がある。同じことは、道路工事現場を覆う鉄板の上を通る時にもいえる。
 意外にすべるのが、雨の日の横断歩道などの白線の上。幅が狭いのでタイヤをとられることは少ないが、一時停止して足を着地したとたんにズルッと滑ることはよくある。こけそうになった瞬間に、すぐ横を猛スピードで大型車が通ったら・・・・という最悪を想定して、足を下ろす前に注意しよう。

足を出すなら安全側

 信号待ちなどで足を下ろしている時に、下ろした足を四輪に轢かれるという事故が、ときどきあるらしい。これを避けるためには、車が通るような危険な側に足を下ろさず、できるだけ安全側に着地するしかない。左端で直進待ちしている時には左足、右折待ちしている時には右足を下ろすということだ(乗り降りはバイクの左側から、が原則だから、足を下ろすのも左が原則で、右折待ちの場合は例外)。
 また、一時停止中は必ずブレーキレバーをしっかりと握ることで、意図せず車体がずるずる動いてしまう危険を避けられる。

カーブのその先を読む

 カーブでは、これから進む方に何があるのか先取りして見るために、首を回してでも進路を確認しよう。特に夜は、ヘッドライトは車体の正面しか照らしてくれないので、十分徐行しないと前方確認ができないことに注意。

山あり谷あり

 大分県は坂道が多い。急坂を登れるかどうかはエンジン次第だが、上り坂が終わって平坦になった時に、速度を出しすぎないようにしよう。下り坂では、車体に下方への加速度があるために、ハンドルグリップが甘くなりやすいことと、制動距離が長くなることに、気を付ける必要がある。

昼でもライトオン

 最近の原付には、エンジンをかけただけでヘッドライトが点灯する(消せない)ものもあるが、そうでない場合でも昼夜にかかわらずヘッドライトを点灯して、少しでも他者からの視認性を高めるようにしよう。

速度感覚の罠~知覚心理学の法則

 運転中じっと速度計を見ているわけにはゆかない。安全のためには視線をある程度遠くに向けている必要がある。一般に、四輪に比べて原付ライダーの視線は近くに向けられすぎているという。だから実際のところ、ライダーは頬にあたる風によって、自分のおよその速度を感じている。
 ところが、知覚心理学によれば、外界からの刺激が変化したときに、感覚量の変化は、物理量(たとえば風速)の変化の対数に比例する(Weber-Fechnerの法則)。言葉を換えると、たとえば頬に当たる風速が時速20kmから25kmに変わったとき(25%増)の感覚的な変化と、これが時速60kmから75kmに変わったとき(25%増)の感覚的な変化は、等価だということだ。しかし運動エネルギーは(つまり停止している大型車に激突したときの衝撃も)、速度の2乗に比例する。体重60kgの人の場合、前者の例で(体重だけを考えれば)運動エネルギーは6.75×103J(ジュール)の増加なのに対し、後者の例では60.75×103Jの増加と、実に9倍の増加量になる。
 自分は時速60kmも出さないから関係ない、などと思わないでほしい。もし風速10m/sec(時速36km)の向かい風が吹いていた場合、バイクの対地速度がわずか時速24kmでも相対風速は時速60kmになる。相対風速が時速75kmになったとすると対地速度は39kmであり(これならつい不用意に出してしまいそうな速度だ)、運動エネルギーの増加は27.45×103Jで、やはり最初の例に比べ4倍の増加量になる。
 結論として、「速度を出しすぎているほど、さらに加速した場合の危険感覚は鈍くなる」「向かい風の時には、さほどの速度を出していなくても、加速した場合の危険感覚は鈍くなる」。皮膚感覚だけで判断するのは危険ということだ。

逃げ場を残せ---運転とは人間関係だ

他人の行動を予測できるか

 路上にはいろいろなドライバーや歩行者がいる。教習所ではいざ知らず、現実の路上で運転するということは、こうした状況の中で一時的にせよ人間関係を持つことだと考えてもよいだろう。一定の社会ルールはあるけれど、違反者もいる。すべてがルールで決められているわけではない。相手の次の反応を完全に予測できることはあり得ない。人間の習性を知っていると予測は少しだけ確実になる。しかし、もっと大切なのは、その場その場で「的確に互いの意志をコミュニケートし合うこと」。そしてもう一つ、予測しきれない事態が発生した場合でも死なずに済むだけの逃げ場を確保しておくこと」が、路上の弱者には必要だ。
 とりわけ、路上での人間関係をどうしても避けきれない場が交差点、ここで事故を防ぐカギは、他の車両や歩行者とのコミュニケーションと、相手の心理への想像力だ。精神保健論では「人が生き方を大きく変えなければならなくなった事態」を危機(crisis)というが、この言葉の元の意味は「分かれ道」「交叉点」であり、十字架(cross)という言葉とも関係がある。ここが生死の分かれ道、不用意に突っ込むことは文字通り人生の危機を招くかもしれない。

おとなしく追い越してもらえ

 最高速度30km/hの原付は、いずれ車に追い越される運命にある。どうせ追い越されるなら安全に追い越してもらおう。首尾よくやり過ごすことができたらラッキーと思うくらいで、ちょうどよい。狭い道で対向車が続く時などは、後続車がなかなか追い越せずにイライラし始めるだろう。カーブが見えていたり、対向車が見えていて、「いま追い越されると危険だ」と思う時には、追い越しを仕掛けにくいように意図的に道路の中央に寄るのも一案だ。その代わり、安全に追い越してもらえそうな状況になったら「明らかに左端に寄り、後ろを振り向いて会釈する」などの行動で、「お先にどうぞ」という意志を表明する必要がある(これが伝わらないと単なる意地悪と受け取られてしまう)。ただし、すでにイライラしていた後続車は、猛スピードで大回りして追い越した上、たちまち左に寄ってあなたの目前のラインに入り込んでくるかもしれない、ということは覚悟しておく必要がある。
 また、後続車があなたを追い越すと、さらに後続の車も「調子に乗って次々と追い越しを仕掛けてくる」という心理を知っておく必要がある。1台目の車にとっては安全な追い越しでも、2台目以降にとっては危険(たとえば対向車が近づいている)という場合があるが、たぶん「調子に乗って」いる2台目以降はそんなことなど注意していない、と思っておいたほうがよい。こういうときは追い越されながら減速するしかない。

追い越し・追い抜きは調子に乗るな

 原付が四輪を追い越す状況はめったにないが、わけあって徐行している車や、停留所で停止しているバスを追い越したくなることは時にある。対向車をはじめ、追い越そうとしている相手の挙動(急に発進・加速するかもしれないし、ドアを開けるかもしれない)、その陰から出てくるかもしれない車・歩行者などに、細心の注意を払うのは当然だ。
 前方に信号待ちの車が並んでいるとき、その左側を安全に追い抜くのはバイクの特権だが、ここでも調子に乗ってはいけない。上と同じように他の車・歩行者の挙動に細心の注意を払い、じゅうぶん徐行して追い抜かなければならない。左側から車・歩行者が出てくる危険性、信号待ちの車のドアが急に開く危険性、対向車が信号待ちの車に隙間を譲ってもらって右折してくる危険性など、いろいろな危険を予測し、不測の事態に対応できるような低速で進むべきだ。
 また、急に左折する車(特に大型車)に巻き込まれると死ぬ危険性はきわめて高い。これを避けるには、大型車の左を追い抜く時に前方や信号の余裕がじゅうぶんあることを確かめる、大型車の左横で停止しない(大型車のドライバーには自分が見えていないと思っておいた方がよい)、信号の先頭で完全に車たちの前に出てから停止する(二輪車専用の停止線がある時にはそこで、停止線が一つしかない場合には横断歩道の直前で)、といった注意が必要だ。もう一つ、「安全に」追い抜くのが難しそうな時には、あきらめて車と同じ運転をするように方針を切り替える決断も大切だ。

大型車のそばを走るな

大型車のすぐ後ろを走るのは誰だってイヤなものだ。前方の信号や標識が見えないし、急停止されて追突する危険もある。しかも、周りが見えないということは、周りからも見えないということだ。大型車が通過した直後に、あなたのことなど眼中にない対向車が右折しようとしてきたり、横の路地から車が飛び出してくる危険は、容易に想像できるだろう。ついでに言えばディーゼル車の排ガスは発ガン性も高い。とにかく、大型車の直後を走っていると、ろくなことはない。
 また、大型車が後ろに迫っていると、心理的に煽られて加速してしまうことがある。こういうときは早めに、安全に追い越していただくしかない。

幅寄せされたら譲れ

 すべての車がそうではないが、意地の悪い車はいるし、不注意な車はもっと多い。路上に出たら、人間性悪説、少なくとも「人間とは過ちを犯すものだ」という前提を忘れるべきでない。意地の悪い車、特に大型車に幅寄せされたらどうするか?答えはただ一つ、端に寄って減速し、譲るしかない。

ミラーを過信するな

 原付にとって、交差点での右折は高級テクニック。二車線以下の道路では車と同じように道路の右側に寄ってから右折するわけだが、この時の後方確認をバックミラーだけに頼るのは危険だ。ミラーの視野は案外狭く、右側方はよく映らない(ミラーの設定角度による)。しかも直接目視するより、後続車を遠く感じる。だから、あえて右後方を振り返って(もちろんのんびりやってはいけない)他の車両の状況を瞬間的に把握できるような訓練が必要だ。後続車が途切れない時は、左端に停止して右ウインカーを出しながら機会を待つしかない。なお、ときどき右折すべき交差点のはるか手前から道路の右端に寄って走る人がいるが、こういう、他の車両にとって意表を突く運転は、危険を招きやすい。周りの車両はあなたを守ってくれない可能性が高いということだ。

二段階右折

 二車線を超える幅の道路では、原付は二段階右折をしなければならない。四輪にはない、原付特有の運転技術だが、教習所で普通免許を取っただけの人ではどうも頭に入っていないようだ。第一段階では、右折のサインを出しながら、しかし左端を直進し、交差点の左奥まで進んだら停止して右に向きを変える(ここでウインカーは止める)。実際には、左から交差点に進入しようとして信号待ちしている車たちの前につく形になる。そして第二段階で、これらの車が直進できるような信号に切り替わった時に発進して、(最初の進行方向を基準にすれば)右折を完了する。
 とはいうものの、現実には単純にはゆかない状況もある。たとえば、信号のない交差点では二段階目に入るのが困難だから、ほんとうに右折したい地点をやり過ごして信号のある交差点などまで行き、何らかの方法でUターンしてから左折するのがよいかもしれない。最初に走っていた道路のいちばん左側のレーンが交差点直前で左折専用になっているときは、左から二番目に車線変更しておく必要がある。しかし稀に、左よりの二車線がともに左折専用になっていることもあって、この場合にはそこでの右折をあきらめるしかない。こうした判断を現場でとっさにするのは難しく、まごついていると危険なこともある。できるだけ、どこでどうやって右折するのがもっともリスクが小さいかあらかじめ考えておくとよい。車に適さない路地や農道でもバイクなら走れることもあるので、原付にとっての目的地までの最適ルートを、出発前に頭の中に描く習性をつけたい。

最後の保険は安全速度

 どんな安全対策にも「絶対」ということはない。しかし、それが十分でなかった時にも、とっさに危険を回避したり、トラブルを最小限にとどめて生命を救うための最終条件が、速度を出しすぎないこと、つまり安全速度を守ることだ。

快楽の前に、安全を確保しよう!
これは原動機が付いた"自転車"なのだ