大学紹介

統計・情報処理教育担当教員から見た看護系学術論文の現状

更新日:2020年11月6日 ページ番号:0002574

健康情報科学研究室 佐伯圭一郎<外部リンク>

【はじめに】


 看護研究を手法の点から大きく2分類すると,主に数値として得られたデータを統計解析することを手段とする量的研究,語り言葉や観察の記述を整理して現象を整理・記述する質的研究に区分できます。統計学や情報処理が特に重要となる量的研究において,どのような統計手法や技術が必要とされているのかを詳しく知ることができれば,研究支援や大学での統計・情報処理教育に役立てることができます。また,研究者でも論文を書くという作業は大変で,量的研究の内容や成果を読者(の前に編集者がいますが)に適切に伝えるためには,論文の書き方の技術が重要で,そのために論文執筆のルールやマニュアルが必要とされています。
 例えば,看護系の論文執筆に関してはアメリカ心理学会(APA)マニュアル,論文に記載する事項・項目に関しては無作為化比較試験(RCT)でのCONSORT声明などが有名です。しかし,それらは看護以外の研究領域で整備されたもので,看護研究での利用状況ははっきりしていません。私は量的看護研究論文の執筆ガイドラインの整備を最終目的として研究していますが,ここでは国内の看護系学術雑誌の執筆ルール及び量的研究の頻度や利用手法,記述の現状の調査結果をご紹介しましょう。

【方法】

 執筆ルールに関しては,日本看護系学会協議会<外部リンク>会員47学会のウェブサイト及び学術雑誌を調査対象としました。2018年末の時点で,全学会の投稿規定・執筆要項などを収集し,それらの記載内容を整理しました。
 研究手法などに関しては,上記協議会会員学会の学術雑誌に掲載された2017年発行の原著論文という条件で医中誌Web版を検索し,論文リストを作成しました。論文本文32誌分447編を入手し(余談ですが2018年末時点で47学会中21学会で学会誌がオープンアクセス=無料でネット上で読める,となっていたのには時代の流れを感じます),読んだ結果で実際的に原著に該当せずと判断したものは除外し,量的研究の頻度,使われた統計手法,統計関連の執筆ルールなどをチェック,集計しました。

【結果と考察】

(1)学術雑誌の執筆ルール
 執筆ルールに関しては簡潔に整理すると,執筆ルールは投稿規定中の一項目となっている場合がほとんどで,執筆要項等が独立しているのは47学会中8誌でした。執筆の仕方に関する記載は少なく,例えば編集スタイル全体をAPA準拠と明記するのが2誌,8誌が文献や図表はAPA方式と記載していました。また1誌のみ,執筆にあたりCONSORT声明等を参考にすることを推奨するという記載がありました。抄録(要旨)についても,ほとんどが文字数指定のみで,構造化抄録を指示または実際の抄録がすべて構造化されていたのは5誌でした。
(2)量的看護研究の現状
 入手した32誌,計447編を読み,私が原著論文相当と判断した346編を精査したところ,量的研究手法を用いた研究は160編(46.2%)と半分以下でした。年間に10編以上の原著論文が掲載されていた14誌における量的研究の割合は,0%から94%と大きくばらついており(図1),学会ごとの特徴が現れていると考えられます。  

グラフ1

図1 原著論文に占める量的研究の割合 (図はクリックで拡大)
(3)統計手法の利用状況と記述のルール
 量的研究160編で使用された統計手法(検定や指標類)について,使用している論文数の多い順に,出現頻度を図2に示します。t検定やカイ二乗検定など,基本的手法が多用されるのは当然ですが,尺度利用に関連するクロンバックαや探索的・確証的因子分析などの出現頻度が高いことは,人間の心を対象とすることが多い看護研究の特徴と言えるでしょう。

グラフ2

図2 出現頻度の高い統計手法 (図はクリックで拡大)
 統計手法や結果に関して記述する場合の論文執筆ルールについては,量的研究が5編以上掲載された12誌の論文を対象に,各種ルールについて統一状況を確認しました。ここでは,1)解析環境(ソフト)の記載,2)有意水準の「方法」での記載,3)理論上の最大値が1の場合「0.」の0省略,4)有意確率Pの表記法,の4点について簡単に結果を表(表中の◎は完全に統一,○は8割以上で揃っている場合)に示します。解析環境(ソフト)の記載は概ねすべてで行われているのに対し,APAの「最大値が1のP値などは整数部の0を省略」ルールを遵守するのは2誌,逆に省略しないのは6誌,論文によって異なるの4誌でした。有意水準についてはきちんと方法パートで記載する雑誌が多数でしたが,記載しない論文が混在する学会誌もありました。有意確率を値で示すか,「* p<0.05」といった判定のみ記載するかというルールは,きちんと統一されていない状況でした。詳しいことは省略しますが,同じ看護系学術雑誌でも,各学会が主に係わる他の研究領域の影響がうかがえる結果であるとも言えます。

表 統計関連執筆ルールの統一状況 (表はクリックで拡大)

テーブル画像1

【おわりに】


 看護学の研究領域は幅広く,学会毎に他の研究領域との関連や研究手法の特性もあるでしょう。それでも,執筆や編集・査読の過程で,看護研究報告のためのガイドラインやマニュアルを定めて共有すれば効率的であろうと考えています。既存の他領域のものを使うことや,新規に整理することの必要性も含めて,これからも研究者や学術雑誌の編集に係わる方々との交流も併せ,検討を重ねたいと考えています。
本研究はJSPS科研費18K10244による研究活動の一部であり,「看護系学術雑誌における量的研究の現状と論文執筆ルール」として第39回日本看護科学学会(2019.12)で発表したものの一部である。