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在宅患者への特定行為提供までの所要時間と訪問看護師の認識

更新日:2021年2月3日 ページ番号:0002577

 

成人・老年看護学研究室 小野美喜<外部リンク>

【はじめに】

 地域包括ケアが推進されて、看護師がいかに在宅で医療依存度の高い患者の暮らしを支えるかが課題となっています。
 保健師助産師看護師法の改正により「特定行為に係る看護師の研修制度」が2015年に制度化されました。特定行為とは身体侵襲や判断力を要する「診療の補助」行為であり、厚労省より38行為が指定されています。制度により研修を受けた看護師は、予め準備された医師の手順書により医師がいない場でも判断し特定行為を実施することが可能になりました(厚生労働省2015 下記URL参照)。この制度を活用し、在宅患者への医療確保が期待されています。しかし特定行為研修を修了した訪問看護師は少なく、整備上この制度が活かされにくい状況があることも見えてきました(厚生労働省報告2017)。
 この研究は、上記制度が活用されていない場での在宅患者への特定行為の提供状況を調査したものです。つまり状況的には、(1)訪問看護師が患者に特定行為の提供が必要と判断し、(2)看護師が医師に報告し、(3)医師がさらに判断し、(4)医師の直接指導により看護師が提供、もしくは医師が特定行為を患者に提供する、というプロセス下での調査です。        
 研究目的は1)在宅患者に特定行為が必要と訪問看護師が判断してから実際に提供されるまでの所要時間、2)特定行為を必要とする在宅看護に関わる訪問看護師の認識、この2点を明らかにすることです。結果は、訪問看護における特定行為研修制度を考える資料となると考えています。

 看護師の特定行為研修に関する資料(厚生労働省HP)
 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000077077.html<外部リンク>

 特定行為に係る看護師の研修制度に係わる現状及び課題、今後の推進方策につい

 て(厚生労働省報告)
 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10803000-Iseikyoku-Ijika/0000169106.pdf<外部リンク>

【研究の方法】

 調査は2017年9月5日~10月31日に実施しました。2017年時点A県ホームページの訪問看護ステーション一覧に登録されている111ステーションに所属する訪問看護師であり、協力を得られた161名が対象です。方法は無記名自記式質問紙調査です。郵送による配布と回収を行いました。質問は、先行研究により訪問看護の場面で必要とされる特定行為「脱水の補液」、「抗菌薬の投与」、「栄養量の調整」、「インスリン調整」、「褥瘡のデブリドマン」「胃ろう・膀胱ろうの交換」の6項目と救急「搬送」について、看護師が必要性を判断してから実際に患者に提供されるまでの時間について回答を求めました。また、特定行為を在宅患者に提供することに関して感じていることを自由に記述してもらいました。回答項目の単純集計および記述の内容分析を行いました。

【結果】

1.対象者の概要
 対象である訪問看護師161名の平均勤務年数は22.63(SD±8.61)年であり、訪問看護師としての平均勤務年数は6.24(SD±5.82)年でした。対象者の中に特定行為研修を修了した看護師は含まれていません。

2.看護師が判断してから患者に特定行為が提供されるまでの所要時間 
 看護師が、在宅患者に必要と判断してから実際に特定行為が提供されるまでの平均時間を表1に示します。訪問看護師の経験年数3年未満と3年以上の対象の所要時間には有意な差はありませんでした。

特定行為が必要と看護師が判断してから実施されるまでの所要時間

 看護師が在宅患者に対し救急搬送が必要と判断し実際に搬送されるまでの「搬送」の時間は平均1.6時間でした。特定行為では「脱水の補液」と、「抗菌薬の投与」は平均5時間でした。また「インスリン調整」「栄養量の調整」は平均7,8時間でした。「胃ろう・膀胱瘻のカテーテル交換」、「褥瘡のデブリドマン」は平均10時間以上でした。
 図1に「胃ろう・膀胱瘻のカテーテル交換」、「褥瘡のデブリドマン」の回答の散布図を示します。24時間以内には提供されないとの回答も多くみられます。

「胃ろう・膀胱瘻のカテーテル交換」「褥瘡のデブリドマン」の特定行為提供までの所要時間

3.在宅患者に特定行為を提供することに関する訪問看護師の認識
 在宅で特定行為を提供することについて、「患者や家族をよく知る訪問看護師の判断が重要」「患者や介護者の状態など個々の事情により異なる緊急性」と、看護師が患者家族の状況をよく知り判断することの重要性が記載されていました。また、「看護体制:自他院の別、平日か休日かによって実施が異なる」、「医師の支援:医師がすぐに対応してくれるかで異なる」「医師との信頼関係が重要」など、看護や医師の状況が特定行為提供の過程に影響するという認識があげられました。

【考察】

 「搬送」は患者に生命の危険が迫った状況ともいえます。平均1.6時間で「搬送」に至っており、訪問看護師の判断と迅速行動が示されています。これと比較し特定行為には生命に緊急に直結するとは限らない行為もあり、その特性が所要時間に現れています。比較的短時間で提供されていた「脱水の補正」は、脱水という深刻な身体状況であり、早期介入に至っていると考えます。「インスリン調整」「抗菌剤投与」「栄養量の調整」もばらつきはあるものの当日内に提供との回答が多く、訪問看護師の判断と医師等との連携活動がその日のうちに展開されていることが推測できます。
 提供までに時間を要した特定行為は、「胃ろう・膀胱瘻の交換」「褥瘡のデブリドマン」は平均10時間以上であり、24時間以上との回答もあるなど所要時間は一定していませんでした。この理由として、これらの行為はただちに実施しなければ患者の生命に直結するとは限らない場合もあると考えます。また胃ろう・膀胱瘻カテーテルの交換は、医療機関の予約なども必要となり、看護師のケアによって臨時の対応が受診までにとられることも考えられます。さらに自由記述にあるように患者の状態、家族の介護状態などに異なり、影響を受けるとも考えられます。
 このような場合、迅速性が必要かを判断する看護師の能力が影響します。緊急に実施が必要な場合、特定行為研修を受けた看護師が実施した在宅での褥瘡事例の効果が報告されています(藤崎2020北川2020、光根2015)。特定行為研修により看護師が判断力とともに技術力をもつことは、緊急かどうかが定かではない在宅患者には一層意味をもつと考えます。さらに提供するまでに患者、家族、医師、看護師等の複数の要因が影響するため、影響をきたす要因との良好なコミュニケ―ション力も必要ということが示唆されます。

謝辞
この調査にご協力いただきました訪問看護師の皆様に深く感謝申し上げます。

 この研究は第38回日本看護科学学会(2018 愛媛県)にて、共同研究者 森加苗愛 甲斐博美 中釜英里佳とともに発表しました。

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