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被害者に関連する看護文献の動向

更新日:2021年5月31日 ページ番号:0003778

人間関係学研究室 関根 剛<外部リンク>

1. はじめに

 日本における犯罪被害者への支援は、昭和55年の犯罪者等給付金支給法、平成16年の犯罪被害者等基本法などにより包括的な支援の基礎が固まりました。第2次基本計画では、保健医療サービスで13項目があげられましたが、看護が関わるのは「性犯罪被害者対応における看護師等の活用」、「PTSD対策の専門家養成すべき医療・福祉」分野の人材として看護師があがっているのみです。また、日本看護協会においても、災害支援、医療事故、患者暴力などはあっても、犯罪被害についてのまとまった記載はありません。そこで、被害者に関連する看護文献の動向について、医学中央雑誌データベースを用いて分析検討することとしました。

2. 方法

 医学中央雑誌Web版を用いて、和文文献、看護論文、全年(~2014年)を対象に、シソーラス検索から「犯罪被害者」「被災者」「患者の被害」「医薬品副作用被害救済制度」「暴力」「家庭内暴力」「職場内暴力」「デートDV」「性犯罪」「法医看護」「DV」をキーワードとして検索を行ないました。その結果、4629件の文献のうち、有効な2846件について分析しました。

3. 結果

 文献の初出は1983年で、その後、1993年まで11年間は10件未満でしたが、1994年以後10件,1999年以後50件、2001年以後100件、2005年以後150件と急速に増加した後、150件から230件程度を推移してます。また、タイトルに用いられている語句の分類は、表に示す通りです。

文献の表

4. 考察

4.1 文献数の推移 

 1990年代の増加の背景は1992年の「看護師等の人材確保の促進に関する法律」により看護系大学・大学院が設置されたこと。文献数が増えている要因は、犯罪被害者相談室の設置(1992)、北海道南西沖地震におけるPTSD対策の報告(林 他1994)等、犯罪や災害のPTSD被害者への支援が注目されたことと関連があると思われます。また、虐待は「児童の権利に関する条約」批准前年の1993年に初出、その後、3割から8割を虐待文献がしめて続けています。院内暴力は2006年以後ですが、厚労省による「医療機関における安全管理体制について」の通達、日本看護協会による「保健利用福祉施設における暴力対策指針-看護者のために-」の影響と考えられます。災害は、1995年の阪神淡路大震災後の1996年に初出しました。1998年に日本災害看護学会が設立されましたが、年間20件以内で推移していたところ、2011年東日本大震災が発生し、2012年、2014年に50件を超えるました。
 一方、事件犯罪については、2004年犯罪被害者等基本法施行も特別の増加は認められません。犯罪被害者関連の文献は、1995年の助産婦雑誌における特集として性暴力の問題がとりあげられたことに始まりますが、戎能(1995)は1993年の「女性への暴力撤廃宣言」に被害女性救済と支援の必要性が示されていると述べています。また、佐藤(2002)は、1994年の国際人口開発会議におけるreproductive health and rightsにおいて、女性に対する暴力に関する指摘が影響したと考えられます。
 以上のように、国際機関における宣言や国内の法制度、災害・事件等、外的な出来事に触発される形で、被害に関連する看護文献の件数の増減に影響を与えていることがわかます。

4.2 被害に関する看護文献の分類

 職場内における患者暴力や職員間暴力は、2006年日本看護協会の「暴力対策指針」が定められ、認知症や精神疾患の患者による医療者に対する暴力や患者間暴力等のへの対処が注目されました。災害では、阪神淡路大震災以後、災害支援ナースの派遣や養成研修制度の制定、児童虐待は乳幼児期からの子育ての問題と、高齢者虐待は保健所や包括支援センター等における業務として看護と関連性が高い問題です。このように、被害者の中でも、看護の実務において、身近であったり、非常に重要な問題として認識されている被害者がとりあげられてきています。
 一方、DVや虐待は、深刻な身体的な傷を負って緊急搬送されるので看護師と関わる可能性があります。しかし、交通被害については被害の観点からほとんど文献がありません。つまり、看護では、被害者として認知され関心を持たれる対象は、その多くが子ども、高齢者、自身を含む女性等、弱者が被害にあっている場合が多いように思われます。このように、看護の実務と関連する身近な被害者や、女性や子ども等社会的に弱い立場の被害者に、関心がもたれやすい傾向がある、または、一般的な犯罪被害者が個別的な配慮が必要な対象と十分には認識されていないのではないかと推察されます。

4.3 事件犯罪との関連

 事件犯罪に関する文献の44%をしめている性暴力に対する看護師の関心は高いと言えます。しかし、性暴力被害者に対する看護支援について国内52件、海外39件の文献を検討した結果、「日本では総説が多いのに、海外ではSANEによる性暴力被害者へのケアが実践されており」、「看護者の役割はこれまであまり検討されてこなかった」と福本ら(2014)は述べています。性および暴力以外の事件犯罪については、個々の事件に対して少数の報告や解説があるのみです。これは、被害者を身体的な傷を負った患者として扱うだけで、心に傷を負った原因としての事件犯罪にはいまだ十分に着目していないためと思われます。しかし、虐待や災害の被害者理解にASDやPTSDの視点が必要であると理解されるようになり、身体的な傷を負った患者の背景として虐待、DV、性暴力という患者の個別性を考えることがよりよい看護につながることが看護師に理解されていく中で、一般的な犯罪被害者も患者の個別性のひとつとして理解されて、理解や支援が進むことが期待されます。

引用文献

福本環, 岩脇陽子, 松岡知子他(2014), 性暴力被害者に対する看護支援に関する文献検討. 日本看護研究学会雑誌37-5, 45-53.

林春男, 藤森立男, 藤森和美(1984), 災害後の被災者の「こころのきず」の軽減. 地域安全学会論文報告集(4), 125-134.

戎能民江(1995), 女性への暴力と法的対応の現状, 特集性暴力被害と向き合う. 助産婦雑誌49-8, 621-626. 

佐藤都喜子(2002), リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性的自己決定権へ向けて. 田中由美子、大沢真理、伊藤るり(編著)開発とジェンダー:エンパワーメントの国際協力, 102-118, 国際協力出版界, 東京.