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加齢による嚥下機能低下予防への取り組み開始時期の提案

更新日:2021年10月1日 ページ番号:0004169

基礎看護学研究室 秦 さと子<外部リンク>

はじめに

 2014年10月から肺炎球菌ワクチンが高齢者を対象に定期接種となり、肺炎による死亡率は減少してきています。しかし、誤嚥性肺炎による死亡率は増加しており(厚労省2020)、このままの状態が続くと2030年の死亡者数は12万人以上になると予測しているものもあります。世界的に見ても、他の先進国の中でも日本だけが誤嚥性肺炎による死亡率が急増しています。つまり、日本における誤嚥性肺炎への予防対策はすぐにでも取り組むべき重要な課題です。
 誤嚥性肺炎は、誤嚥(食物などが誤って気管へ侵入してしまう状態のこと)を繰り返すことで起こります。誤嚥の原因には嚥下機能(飲み込みの機能)の低下があります。この嚥下機能は加齢によっても低下します。しかし、高齢者は嚥下機能の異常に伴う自覚症状が現れにくいことから、嚥下障害を自覚してからの病院受診ではなく、誤嚥性肺炎を発症した後に嚥下障害と診断されるケースが少なくないといわれています。嚥下機能低下の早期発見を自覚症状に頼れないため、嚥下機能低下が発生しやすい時期を基準に対策を実施することが、安全な嚥下機能維持のための重要な対策のひとつと考えます。
 そこで、本研究では、過去に嚥下障害の診断を受けたことがない健康な成人を対象に、嚥下機能状態について調査しました。この結果より加齢に伴ってどのように嚥下機能が変化するのかという実態がわかり、安全な嚥下機能維持のためにはいつ頃から対策を取ればよいのかという取り組み時期の目安になります。

1. 対象と方法

 健康な男女68名を対象としました。内訳は20~30代17名、40~50代15名、60~70代22名、80代以上14名です。
 今回、測定対象とした嚥下機能とは、食物がのどを通る時に誤嚥しないように、気管への入り口を閉鎖する過程で重要な役割を担っている下顎部の筋肉(舌骨上筋群)の筋活動状態について評価しました。
 測定項目は、舌骨上筋群の①筋力、②嚥下時の筋活動量とし、表面筋電図を用いて測定しました。

2. 結果

1) 年齢層別の舌骨上筋群の筋力
 図1は、舌を上顎に力いっぱい押し付けた時(最大舌圧時)の舌骨上筋群の筋活動状態です。20~30代と比べ、60代以降は有意に筋活動状態が低下しています。60代以降は舌骨上筋群の筋力が低下している可能性が考えられます。

年齢階層別最大舌圧時の舌骨上筋群のRMS

2) 年齢層別の嚥下時の舌骨上筋群の筋活動
 図2は、10mlの水を飲みこむ時の舌骨上筋群の筋活動状態(最大舌圧時の筋活動に対する嚥下時の筋活動の割合)を示しています。60代以降は、20~50代よりも筋活動の割合が大きくなっていることがわかります。

年齢階層別舌骨上筋群の%RMS

3. 結果から考えられる仮説

 2つの研究結果から以下のことが考えられました。

  • 舌骨上筋群の筋力は60代以降で顕著に低下してくる。
  • 60代以降は、低下した筋力に対して多くの筋を働かせることで、嚥下動作が正常に完結するように補っている可能性がある。このため機能低下に伴う症状の自覚を乏しくさせ、見かけ上正常な嚥下を行っている。
  • 多くの筋を働かせているという事は予備力が少なく、少しの体調の変化で嚥下障害を起こしやすい。

4. 嚥下機能低下予防のための取り組み開始時期の提案

 20代でも嚥下機能は加齢の影響を受けるといわれています。予防対策は早い時期から継続して取り組むことが理想的ですが、本研究の結果から50代までに予防対策を開始することが安全な嚥下機能維持につながる可能性が考えられました。また、60代以降はすぐに嚥下機能改善のための対策に取り組む必要があると考えます。
 なお、具体的な嚥下機能維持対策については、以下の論文をご参照ください。

 本研究は、本研究室の卒論生(2019年度)とともに行った研究の一部です。保健の科学;62(11),p785-790,2020.『嚥下機能低下予防の取り組み開始時期の検討-嚥下時の舌骨上筋群の筋活動量と年齢および自覚症状との関連から-』に掲載されています。

具体的な嚥下機能対策に関する論文

①Satoko Shin et al.  The Effect of Capsaicin-Containing Food on the Swallowing Response. Dysphagia (31), p146-153, 2016. 
②秦さと子他;有酸素運動による血流量の変化と嚥下反射潜時との関連.日本健康学会誌83(suppl.), p138-139, 2017. 
③秦さと子他;ケール搾汁粉末溶解液の嚥下機能への影響. 日本健康学会誌84(5), p151-157, 2018.