大学紹介

看護学生の先延ばしと大学への適応感との関係

更新日:2022年4月4日 ページ番号:0004675

人間関係学研究室 秋本慶子<外部リンク>

はじめに

 宿題や長期休暇の課題について、みなさんは、どのように取り組んでいますか?先に仕上げてしまいますか?それとも、最後の最後になって取り掛かりますか?宿題や課題など、やらなければならないことを行わない、又は遅らせる現象を「先延ばし(procrastination)」といいます(Lay,1986他)。一般的に「先延ばし」というと、ネガティブなイメージを思い浮かべることが多いかもしれませんね。実際、「先延ばし」には、ネガティブな側面が指摘されています。例えば、先延ばししがちな者は学期後半になると、ストレス度が高くなり、病気になる者が多い、課題に対する成績が芳しくない(Tice & Baumeister,1997)、行動自体というより、先延ばしすることに伴い発生する否定的思考によりネガティブ感情が生じる(林,2009)、といったことが指摘されています。反面、「先延ばし」にはポジティブな側面があることも報告されています。例えば、学期の初期においては、ストレス度は低く病気になる者が少ない(Tice & Baumeister,同上)、意識的・計画的に先延ばしする者は抑うつ度が低い(Chu&Choi,2005)といった点です。このように、先延ばしは、先延ばし行動そのものやその時の意識によって、ネガティブにも、ポジティブにも働いていることが分かります。
 看護学生さんは、一般的に授業などで多忙、加えて睡眠時間が少ないと言われています(中野ら,2005)。こういった状況を考えると、看護学生さんは計画的にも無計画的にも、レポートや課題を先延ばししやすい環境にあると言えるのではないでしょうか。こうした先延ばしは大学への適応と何らかの関連があることが予測されます。
 本研究は、看護学生さんの先延ばし行動や先延ばしに伴う意識が、大学への適応感とどのように関連するのかについて検討しました。

方法

 対象としたのは、回答の得られた看護系の大学に所属する学生さん146名です(回収率60.8%)。
質問内容は、以下の通りです。
(1) 基本属性(学年,性別)。
(2) 「General Procrastination Scale 日本語版」(林,2007)13項目5段階評定:日常生活での先延ばし行動傾向を測定(以下、「先延ばし行動尺度」)
(3) 「先延ばし意識特性尺度」42項目5段階評定(小浜,2010)のうち因子負荷量の大きい34項目:先延ばしの際に生じる意識を測定(以下、「先延ばしに伴う意識尺度」)
(4) 「青年用適応感尺度」30項目5段階評定(大久保,2005)のうち因子負荷量の大きい24項目:大学への適応感を測定(以下、「適応感尺度」)

結果

 まず、「先延ばし行動尺度」、「先延ばしに伴う意識尺度」、「適応感尺度」の因子構造を確認しました。結果、先行研究とほぼ同じでした。次に、「先延ばし行動尺度」について、因子得点を算出し、因子得点の平均値から、学生さんを、先延ばし行動傾向の高い(先延ばししがちな)「高群」76名と、逆に低かった(あまり先延ばしをしない)「低群」67名に分けました。
 本研究で用いた「先延ばしに伴う意識尺度」は7因子構造です。これら7因子を、先行研究(小浜,同上)を参考に3グループにまとめ、各グループの質問項目の合計得点を算出し、分析に用いました。3グループはそれぞれ、「否定的感情の強さ」(先延ばし前の否定的感情、先延ばし中の否定的感情、先延ばし後の否定的感情)、「状況の楽観視」(状況の楽観視)、「計画的先延ばし」(先延ばし中の肯定的感情、気分の切り替え、計画性)です。「適応感尺度」は、「課題・目標の存在」、「居心地の良さの感覚」、「被信頼・受容感」、「劣等感のなさ」の4つの因子で構成されています。「先延ばし行動尺度」と同じく、因子得点を算出しました。
 以上のデータを基に、分析を進めます。まず、先延ばし行動をしがちな「高群」(76名)と先延ばし行動をあまりしない「低群」(67名)を独立変数、「適応感尺度」の因子得点を従属変数としてt検定を行いました。結果は表1の通りです。

先延ばし行動傾向の高群

 表1から、先延ばし行動をしがちな「高群」の方が、低群よりも、「被信頼・受容感」、「劣等感の無さ」の得点が低いことが分かります。このことから、先延ばし行動を選びがちな学生さんは、そうでない学生さんよりも、信頼され受け入れられている感覚に乏しく、劣等感を持つことが窺えます。
 最後に、「先延ばしに伴う意識」について、分析を行いました。まず、先延ばし行動をしがちな「高群」(76名)にクローズアップして、「先延ばしに伴う意識」の持ち方から分類しました(先延ばし行動をとらない「低群」(67名)は、そもそも先延ばし行動をとらないので除外)。具体的には、「先延ばしに伴う意識尺度」の3グループのそれぞれの平均値を基に、「否定的感情の強さ」の高群(41名)と低群(32名)、「計画的先延ばし」の高群(38名)と低群(37名)、「状況の楽観視」の高群(40名)と低群(35名)に分けました。次に、これら3グループごとのそれぞれの「高群」と「低群」を独立変数、「適応感尺度」4因子の因子得点を従属変数としt検定を行いました(図1)。

先延ばしに伴う意識

 結果を表2~4に示します。

先延ばし時の否定的な感情

 まず表2を見ると、先延ばしをしがちな学生さんの中でも、先延ばしに伴って否定的な感情が生じがちな「高群」のほうが、「低群」よりも、大学生活で、劣等感を抱えがちであることが窺えます。

計画的先延ばし

 表3から、先延ばしをしがちな学生さんの中でも、「計画的に先延ばしをしている」という意識の強い学生さんは、そうでない学生さんよりも、大学生活で、信頼され、受け入れられている感覚がより強いことが窺えます。

状況の楽観視

 表4は、先延ばしをしがちな学生さんの中でも、状況を楽観的に捉えがちな学生さんとそうでない学生さんの大学生活への適応感を比較しています。表4から、両者の適応感に差は無いことが分かりました。

考察

 結果から、先延ばししがちな看護学生さんは、大学で劣等感を抱き、信頼され受け入れられている感覚がより乏しいようでした(表1)。特に、先延ばししがちな学生さんの中でも、課題等に取り組む前から苦痛を感じ、先延ばししつつ焦り、先延ばし後には後悔する…といった、否定的感情をより強く感じる学生さんは、学内で劣等感を抱えている様子も窺えます(表2)。今回の研究では、因果関係までは明らかにしていませんが、学内での劣等感が、課題等に対するネガティブ感情を持たせ、先延ばしに繋がっている可能性があります。また、先延ばしに対する焦りや後悔の念が、さらに劣等感を増長させていることも考えられます。
 一方、先延ばししがちな学生さんの中でも、計画性があり気分転換をしつつ先延ばししている学生さんは、信頼され受け入れられている感覚が高いことも分かりました(表3)。前述のように、因果関係は不明ですが、学内で信頼され受け入れられている感覚をある程度得ているからこそ、多忙な中でも安心して自身の生活ペースを守ることができ、自律的に先延ばしする学生さんの姿も垣間見えます。
 先延ばしは、行動そのものだけでなく、そのプロセスで生じる感情や計画的か否かと言った意識も、大学への適応感と関係しているようです。

本研究は、人間関係学研究室の卒業論文生、教員と共同で行った研究です。第78回九州心理学会(2017)で発表しました。​

引用参考文献

Lay, C. H. (1986). At last, my research article on procrastination. Journal of Research in Personality, 20, 474–495. DOI:10.1016/0092-6566(86)90127-3

Tice, Dianne M., & Baumeister, Roy F. (1997). Longitudinal Study of Procrastination, Performance, Stress, and Health: The Costs and Benefits of Dawdling. Psychological Science, 8(6), 454-458. DOI:10.1111/j.1467-9280.1997.tb00460.x

林潤一郎(2009).先延ばし後の思考内容と感情の関連-先延ばし傾向に着目して-, 心理学研究, 79(6), 514-521. DOI:10.4992/jjpsy.79.514

Chu, A.H.C., & Choi, J.N. (2005). Rethinking Procrastination: Positive Effects of “Active” Procrastination Behavior on Attitudes and Performance. The Journal of Social Psychology, 145(3), 245-264. DOI:10.3200/SOCP.145.3.245-264

中野照代,藤生君江,鈴木知代 他(2005).看護学生と教育学部学生の健康習慣・健康観の比較研究, 聖隷クリストファー大学看護学部紀要, 13, 91-104.

林潤一郎(2007). General Procrastination Scale 日本語版の作成の試み-先延ばしを測定するために, パーソナリティ研究, 15(2), 246-248. DOI:10.2132/personality.15.246

小浜駿(2010).先延ばし意識特性尺度の作成と信頼性および妥当性の検討, 教育心理学研究, 58, 325-337. DOI:10.5926/jjep.58.325

大久保智生(2005).青年の学校への適応感とその規定要因-青年用適応感尺度の作成と学校別の検討-, 教育心理学研究, 53, 307-319. DOI:10.5926/jjep1953.53.3_307