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放射線の繰り返し照射による染色体異常の蓄積性~線量率効果のメカニズムを考える~

更新日:2018年7月2日 ページ番号:0000477

環境保健学護学研究室 小嶋光明

はじめに

 放射線による生物学的影響の発生頻度が照射する際の線量率によって変化することが知られている。この現象は線量率効果と呼ばれ、これまでに同じ累積線量の放射線であっても線量率を下げると染色体異常の発生頻度が減少し、累積線量だけに依存しないことが報告されている(図1)1)。しかし、そのメカニズムは明らかになっていない。線量率効果のメカニズムを明らかにすることは放射線の健康リスクを考える上で非常に重要である。

はじめにの画像

 本研究では、線量率効果を分割線量の繰り返し照射による効果と捉え、線量を分割して繰り返し照射した場合と分割せずに1回で照射した場合とで染色体異常(二動原体染色体を指標)の生成頻度に差が生じるのか、また、分割して繰り返し照射をする際に、照射と照射の間の時間がどのような影響を及ぼすのかを検討し、線量率効果のメカニズムを考えることを目的とした。

方法

 本研究ではヒト正常線維芽細胞であるMRC-5を用いた。コンフレントまで培養した後に、0.1~0.5 GyのX線を1~30分毎に1 Gyになるまで繰り返し照射した。照射してから24時間後に染色体標本を作成し、ギムザ染色後、二動原体染色の発生頻度を調べ、1 Gyを1回照射した場合と比較した。

結果&考察

 0.1~0.5 Gyを1分毎に1 Gyになるまで繰り返し照射した。その結果、二動原体染色体の生成頻度は分割線量に依存した変化は見られたが、いずれも1 Gyを1回照射した場合と差はなかった。しかし、照射と照射の間の時間を5分以上空けて繰り返し照射すると分割線量に依存した変化はもちろんのこと、1 Gyを1回照射した場合よりも有意に減少することがわかった(図2)2)。この結果から分割線量と、照射と照射の間の時間が二動原体染色体の生成頻度を変化させる可能性が考えられた。
 放射線によりDSBが生じると、ヒストンタンパク質の一種であるH2AXがリン酸化して、γ-H2AXの構造に変わり、DSB部位でフォーカスを形成することが明らかにされた3)。このフォーカスは免疫蛍光抗体染色法により可視化することが可能であるためDSBの指標として広く用いられている。このγ-H2AXフォーカスを利用して放射線によるDSBの修復時間関係が調べられており、X線照射後3〜15分で修復機構が働き始めることが報告されている4)。よって、照射と照射の間が1分の場合は、1回目の照射で生じたDSBが修復される間もなく、再び照射を受けることになるためDSBの蓄積が生じてしまうのではないかと思われる。DSB数は多いほど、修復エラーが起きる確率が上がるので、結果として染色体異常の発生頻度が上昇したと考えられた。では照射と照射の間の時間間隔を5分以上空けた場合に二動原体染色体異常の発生頻度が蓄積されなかったのはなぜだろうか?一つの可能性としては、2回目の照射までの間に1回目の照射でできたDSBが完全に修復されたためであると考えられた。

結果&考察の画像

 2009年に田中らは、1 Gyのγ線を低線量率(1 mGy/day)でマウスに照射したものと高線量率で照射した場合の二動原体染色体異常の発生頻度を調べた。その結果、低線量率で放射線を照射したマウスでは、高線量率と比較して二動原体染色体異常の発生頻度の蓄積がほぼ見られなかった5)。ではなぜ低い線量率だと異常の蓄積が見られなかったのだろうか?本研究結果を踏まえて線量率効果のメカニズムとして下記の可能性を考えた。線量率は単位時間あたりの線量を意味する。よって、低線量率の場合は、高線量率の場合に比べて同じ細胞に短時間で放射線がくり返しヒットする可能性が低くなる。これによりDSBの蓄積が生じず、結果として二動原体染色体異常の蓄積にもつながらなくなるのではないかと考えた。

参考文献

1)小嶋光明、甲斐倫明.低線量域における線量率効果〜二動原体染色体発生頻度に着目して〜.放射線生物研究、2012;47:347-360.
2)Grudzenski S,Raths A,Conrad S,et al.Inducible response required for repair of low-dose radiation damage in human fibroblasts.PNAS,2010;107:14205-14210.
3)Ojima M,ea al.Unstable chromosome aberrations do not accumulate in normal human fibroblast after fractionated x-irradiation.Plos One,2015;10:e0116645.
4)Rothkamm K, Lobrich M. Evidence for a lack of DNA double-strand break repair in human cells exposed to very low X-ray doses.PNAS,2003;100:5057-5062.
5)Tanaka K, Kohda A, Satoh K, et al.Dose-rate Effectiveness for Unstable-Type Chromosome Aberrations detected in Mice after Continuous Irradiation with Low-Dose Rate γ-Rays.Radiat Res,2009;171:290-301.