妊娠期の葉酸サプリメント摂取が子どものアレルギーに与える影響
生体科学研究室 安部眞佐子<外部リンク>
水溶性ビタミンの一種であり、欠乏すると巨赤芽球性貧血になることが知られている。元々、ほうれん草から抽出されたので、ビタミンらしからぬ名前が付けられている。細胞が分裂するときに必要なビタミンであり、妊娠にまだ気づかないような妊娠初期(胎生21-27日)に不足すると神経管閉鎖障害や二分脊椎などとなる危険性が高まるため、妊娠可能な女性が不足しないようにと キャンペーンが行われている。食品では、玉露、とうもろこし、ブロッコリー、アスパラガス、イチゴ、焼きのり、鶏や豚のレバー、卵黄などに多く含まれている(1)。葉酸は取りすぎが懸念されているサプリメントでもある。食品中に含まれる葉酸は構造的に吸収量が低いが、合成された葉酸は吸収されやすくなっている。このため、2020年度版の食事摂取基準では妊婦用に1日の上 限量が設定されるようになった。
日本では、葉酸の食品への添加は行われていない。 しかし、2021年8月には世界の80か国以上で、食品に葉酸が強化(添加すること)されており(2)、昨年イギリスでも葉酸を強化することが発表された(3)。葉酸は主食原料に添加されることが多いが、国によって食生活に合わせて有効な補給が考えられている。食品に葉酸を強化することによって二分脊椎が半減したしたメ キシコやアメリカ合衆国(アトランタの調査)のような国があり、2009年から強化したオーストラリア、アメリカ合衆国と同じ1998年から開始したカナダは減少傾向を示している。日本では微増傾向にある(4)。強化食品によってどのくらいの葉酸が補給できるかというと、カナダでは 2007年に小麦粉によって1日あたり136ー148μg(5)、オーストラリアでは2012年に葉酸強化パンによって159μg(6)であり、強化している国々では大体1日あたり100μgを主食類から摂取できるような量に調整している。
葉酸について危惧されているのは、子どものアレルギー発症が増加する可能性である。Lancetに葉酸強化の記事が出た昨年、栄養学の雑誌には、アレルギーリスクについてのコメントが寄せられており、葉酸との関係性は明らかとは言えない(7)とされている。保守的であったヨーロッパの国が葉酸強化に乗り出した背景には、移民の流入やCOVID-19による社会の変化も一つの要素として考えられるだろう。一方、葉酸強化が行われている国からは葉酸と子どものアレルギー発症の関連はほとんど見られず、葉酸を強化してない国からのみ葉酸サプリメント摂取との関連が報告されているという結論に達した総説(8)もあり、状況は混沌としている。我々が実施した1歳6か月健診でのアンケートでは、関係者に多大なご協力いただけたことに感謝したい。約1万人の子どもの情報を得て、さまざまな切り口で分析をしている。食物アレルギーの確定診断は、食物経口負荷試験であり、問診、血液検査、皮膚プリックテストなども補助的に用 いられている(9)が、乳幼児の食物アレルギーは成長すると治ることが多いので、様子を見るということが多い。このため、我々の調査で食物アレルギーありの基準とした、医師に食物アレルギーありと言われた、というのはかなり曖昧な基準であり、学会報告を行った際に、科学的ではないとコメントを頂いた。私も、定量的でない判断基準の研究をこれまで行ったことがないので迷いも多いが、実際にお答え頂いた母親の子どもに対する観察力の素晴らしさを思うと貴重なデーターと思われる。 葉酸摂取に関しては、子どもの喘息に関して妊娠早期からの長期間の葉酸摂取が危険因子となる (10)という論文や、片や、葉酸添加を積極的に進める意見の人たちのようにほとんど影響はない、軽微であるという論文も多い。我々が特に注目しているのは、親のアレルギー歴と親の体格である。親にアレルギーがあると、児のアレルギー発症は2倍に多くなり、両親にアレルギー があると3倍になる(11)と言われる。親にアトピー性の素因があると、葉酸摂取によって子どもの喘鳴が増えるという論文(12)もあり、親のアレルギー別に分析することも重要かと思われる。 また、子どもの食物アレルギーに関しては、妊娠中の母親の葉酸血中濃度との関連を示唆する論文(13)もあるように、妊娠中の母親の血中濃度や臍帯血の葉酸関連物質の濃度と子どものアレルギー発症との関連性の有無を論じた論文も多い。 妊娠中、母親が子どもを育てるために胎盤が作られるが、胎盤には、細胞分裂、分化が盛んな胎 児のために葉酸を多く取り込む輸送体が出現する(14)。このため、妊娠中の母親の血中濃度や臍帯血中の葉酸濃度からだけでは推測できないようなことも起こりうると思われる。二分脊椎を起こしやすい要因として、葉酸不足と共に母親の肥満がある。肥満の母親の胎盤では、葉酸の 輸送体が減少していることも報告されており、胎盤での葉酸代謝ももっと注目されるべきと思う。 様々な切り口があると思うが、乳幼児の食物アレルギーを減らすようなことができればと思っている。今後も解析を続けて、論文としてまとめたい。
(1)https://hfnet.nibiohn.go.jp/contents/detail652.html(2022に閲覧)
(2)Prev Med Rep 2021 Vol. 24 Pages 101617
(3)Lancet.2021 Nov 27;398(10315):1961-1962
(4)https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000592928.pdf (2019)
(5)Can J Diet Pract Res. 2007 68(3):143-5.
(6)J Nutr Metab. 2012 492353. doi: 10.1155/2012/492353.
(7)J Nutr 2021 Vol. 151 Issue 6 Pages 1367-1368
(8)Front Pediatr 2020 Vol. 8 Pages 615406 (9)https://www.ncchd.go.jp/hospital/sickness/allergy/food_allergy.html
(10)BMC Pregnancy Childbirth. 2022 22(1):220.
(11)Adv Nutr. 2021 13(2):633-51.
(12)Matern Child Health J. 2018 Jan;22(1):111-119. (13)J Allergy Clin Immunol Pract. 2020 8(1):132-140. (14)Placenta. 2010 Feb;31(2):134-43.
(15)J Nutr Biochem. 2020 Mar;77:108305.