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災害訓練におけるトリアージ黒エリアでの訓練内容と教育ニーズの検討―全国の災害拠点病院の看護師を対象とした質問紙調査より―

更新日:2019年5月7日 ページ番号:0000487

看護アセスメント学研究室 石田佳代子

 災害現場において、トリアージ(注1)で「黒」(救命困難もしくは死亡)と区分された傷病者への対応やその家族あるいは遺族への対応に関しては、災害発生後の混乱の中では、対象者を中心とした丁寧な対応が現実的には困難な場合が多いと思われます。しかし、遺族の視点から考えた場合には、死亡者の尊厳を守りながら適切に遺体を取り扱い、また、遺族の心情に配慮して情報を提供したり、遺族の感情を受け止めたりするなどの遺族ケアに、看護師として最後まで手を尽くせることが望ましいと思われます。トリアージで「黒」とされた傷病者への対応は画一的ではなく、一人ひとりに合わせた対応が求められるので、そのためには根拠を理解することが必要と考えます。どのように看取るかも含め、少しでも家族のつらさを軽減できるか、そのような傷病者に対してどのように対応することが看護師自身の心の整理につながるかなどを探究し続けていく姿勢が大切と考え、看護師の実践的能力の向上につながるような訓練方法を検討しています。また、大規模災害時には多数の死傷者が発生すると考えられ、とりわけ死亡者については死体検案(注2)や身元確認を経て遺族へ引き渡せるよう、関係機関との連携のもとに速やかな対応が求められます。しかし、災害時の大混乱の中での円滑な対応は大変難しいので、災害時に備えて事前に訓練を通して学んでおくことが有効と思われます。そこで、全国の災害拠点病院(注3)の看護師を対象に郵送による質問紙調査を行い、黒エリア(「黒」と区分された傷病者を収容する場所)での対応訓練をどのように行っているか、対応にあたりどのような学習が必要(重要)と思うかなどを尋ねました。以下に、国内の学会で発表した調査結果の一部を紹介します。
 全国の723施設に調査票を配布した結果、269施設より回答の返送がありました(回収率37.2%)。黒エリアの設定の有無については、「設定している」という回答が約8割でしたが、「設定していない」という回答が約2割ありました。黒エリアの設定場所は「霊安室」が最も多く、その他として「検査室」、「体育館」など多様でした。黒エリアを設定した訓練の回数は「年に1回」という回答が最も多かったのですが、「実施していない」という回答も約3割ありました。黒エリアでの訓練内容は、多い順に「黒エリアの立ち上げ」、「本部への報告」、「所見の記録」、「生命徴候の確認」、「看取り」でした。また、施設ごとに訓練内容に差があることなどがわかりました(下図)。学習の必要(重要)性については「自身のストレスコントロール」、「遺族支援」、「看取り」が上位を占めていました。自由意見の中には、「遺体や家族にどう対応すればよいか現在の訓練ではわからない」、「どう対応していくのか大切なことなのに施設内でしっかり検討できていない」、「黒エリアの訓練は進んでおらず課題であった」、「困っていた」などがありました。これらから訓練を一連の流れとして実施している施設は少ないと推察され、黒エリアにおける基本的な活動の流れなどを学べる教材の必要性が示唆されました。そこで、この調査結果をふまえて、現在は実践的な教材の製作に取り組んでいます。

 ここに紹介した内容は、日本災害看護学会第20回年次大会(2018年8月)において発表したものです。本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)「災害時における黒タグ者に対する活動モデルの実用化に向けた教育プログラムの開発」(課題番号16K11997)の助成を受けて行いました。

黒エリアで実演する訓練内容の画像
図 黒エリアで実演する訓練内容(n=143)*グラフ内の数字は回答者数を示す

注1:「トリアージ」とは(『南山堂 医学大辞典』の複数個所より抜粋)
 大災害などで短時間に多数の傷病者が発生したとき、急速に医療ニーズが高まるため、それらの傷病者を救護するために必要な人的・物的資源が不足する。このような状況下で最大多数の傷病者に最善の医療を施すために、これらの傷病者を重症度や緊急度にそって分別し、搬送順位あるいは治療順位を決定する行為をトリアージという。第一優先順位として、生命の危機的状況で、ただちに処置が必要な緊急治療群、第二順位として2~3時間処置を遅らせても悪化しない準緊急治療群、第三順位として自力歩行可能な軽症群、第四順位として死亡あるいは生存の可能性のない群の4種類に分別する方法が阪神・淡路大震災以降に国内で統一された。優先順序を示す色識別は、第1優先順位が赤色、第2優先順位は黄色、第3優先順位は緑色、第4優先順位は黒色と決められている。

注2:「死体検案」とは(『南山堂 医学大辞典』より抜粋)
 医師が死体の外表を観察、検査し、その所見に基づいて医学的判断をすること。死体検案の診断事項は、死亡の確認のほか、死因、死亡時刻、死因の種類、創傷があれば、種類、部位、程度など、身元不明の死体では個人識別に参考となる歯牙や身体的特徴などである。死体検案した結果は死体検案書に記載し、遺族の求めに応じてこれを交付する。

注3:「災害拠点病院」とは(『南山堂 医学大辞典』より抜粋)
 災害時において、1)24時間緊急対応が可能な重篤救急患者の救命医療を行うための高度の診療機能、2)傷病者受入れおよび搬出を広域に行える機能、3)消防機関と連携した医療救護班の派遣体制や自己完結型の医療救護班の派遣機能、4)地域の医療機関への応急用医療資機材の貸出し機能、5)要員の訓練・研修機能を有する病院で、都道府県が指定するもの。各都道府県に1ヵ所の基幹災害拠点病院と各二次医療圏に1ヵ所ずつ地域拠点病院が指定されている。