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大気環境と呼吸器疾患との関連 ―PM2.5中のPAHsと炎症性サイトカイン・ケモカイン発現に着目して―

更新日:2019年10月2日 ページ番号:0000491

地域看護学研究室 佐藤 愛<外部リンク>

はじめに

 多くの疫学研究で、大気中のPM2.5(粒径が2.5um以下の粒子状物質)濃度が上昇すると呼吸器疾患が増加することが報告がされています。そのメカニズムの一つに、吸入されたPM2.5が肺胞領域に沈着し、生体内の様々な炎症症状を引き起こすTNF等の炎症性サイトカイン・ケモカイン発現を誘導することが明らかとなっています。しかし、それらは近年のPM2.5を用いた報告であり、長期間のPM2.5構成成分の変化や炎症性サイトカイン・ケモカイン発現を評価した研究はありません。そこで本研究では、30年前と現在のPM2.5構成成分の変化に伴う炎症性サイトカイン・ケモカイン発現量の変化を明らかにすることを目的としました。加えて、炎症性サイトカイン・ケモカイン発現量及び大気汚染物質濃度と呼吸器疾患との関係を検討しました。

研究方法

 粒子は、A県B市のエアサンプラーで1987年及び2012~2016年に採取した粉塵捕集フィルター上のPM2.5を使用しました。フィルターは1~3月のものを冬、4~6月を春、7~9月を夏、10~12月を秋とし、それぞれの期間内のある一日に採取されたものを用いました。フィルター上のPM2.5を粒子懸濁液とし、マウス由来マクロファージ様細胞株(RAW264.7)に処理しました。PM2.5処理3時間後に細胞を回収し、定量的RT-PCR法を用い、炎症性サイトカイン・ケモカインであるTNF、MCP-1,MIP-1aの発現量を解析しました。またPM2.5構成成分として、インデノ(1,2,3-cd)ピレン等の15種類のPAHs(多環芳香族炭化水素類)を測定しました。呼吸器疾患のデータは、3年に一度10月に実施された患者調査におけるA県の呼吸器疾患別受療率を年齢調整して用いました。また、粒子状物質や二酸化硫黄(SO2)等の大気汚染物質のデータをB市より得ました。遺伝子発現量の有意差検定はパラメトリック多重比較のテューキー・クレーマー検定を用いました。PM2.5中のPAHs濃度と炎症性サイトカイン・ケモカイン発現量、呼吸器疾患受療率と大気汚染物質濃度についてはピアソンの相関係数を求めました。いずれも有意水準は5%未満としました。

結果・考察

 炎症性サイトカイン・ケモカイン遺伝子発現量は、ほとんどの季節で1987年より2012~2016年の方が低値であり(図1)、PM2.5中のPAHsであるインデノ(1,2,3-cd)ピレン濃度などと正の相関を認めました。患者調査が行われた1987年と2014年の秋では、全呼吸器系疾患の受療率、PM2.5中のPAHs濃度、炎症性サイトカイン・ケモカイン遺伝子発現量が減少していることから、PM2.5中のPAHs濃度が低下したことにより炎症反応が低下した可能性が考えられ、それらが呼吸器疾患受療率の低下に関与していると推察されました。また、SO2濃度も低下し、多くの呼吸器疾患受療率と正の相関を認めたことから、呼吸器疾患の減少に影響を与えた可能性があると考えられました。

結果・考察の画像

結論

 30年間で、PM2.5中のPAHs濃度の低下に伴う炎症性サイトカイン・ケモカイン発現誘導の抑制、SO2濃度の低下が認められました。これらにより呼吸器疾患受療率が低下したことが示唆されました。

謝辞

 本研究を実施するにあたり、試料を提供下さった産業医科大学 嵐谷奎一名誉教授、成分を分析して下さった金沢大学 鳥羽陽准教授に深くお礼申し上げます。