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近赤外分光法を用いた筋萎縮性側索硬化症患者の認知レベルの評価とコミュニケーション支援

更新日:2019年11月6日 ページ番号:0000493

基礎看護<外部リンク>学研究室 <外部リンク>伊東朋子<外部リンク>

背景・目的

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、末期まで知的機能は保たれ、認知症は伴わないとされてきましたが、近年、認知機能障害を呈する割合が増加し、重症化することが指摘されてきています。また疾患が進行し、無言無動の完全閉じ込め状態(totally locked-in state:TLS)に陥ると重度のコミュニケーション障害となりますが、TLS状態にあるALS患者(ALS-TLS)さんの認知レベルの評価は未だ十分には行われていません。認知症の病型はアルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症型の4つに類別されており、認知症重症度の判定に前頭前野の脳血流に着目した近赤外分光法(NIRS)を用いた研究が近年、行われています。本研究ではNIRSを用いてALS患者の脳血流を計測し、認知レベルの評価を行い、評価に応じたコミュニケーション支援等について検討するものです。
 認知症検出には様々なスケールが開発されていますが、認知症重症度の判定に前頭前野の脳血流に着目したNIRS(Near Infrared Spectroscopy:近赤外分光法)図1を用いた研究が行われ、血流量と認知レベルとの関連が示されています。本研究ではNIRSを用いてALS患者の脳血流を計測し、認知レベルの評価を行い、評価に応じたコミュニケーション支援等について検討するものです。

NIRSによるヘモグロビン濃度の計測の画像

図1.NIRSによるヘモグロビン濃度の計測

研究方法

 NIRSは一般には赤外線カメラやテレビのリモコンなどに使われている可視光線の赤色より波長の長いものです。放射線のように被爆の問題もなく、安全性が高く、特別な技術も必要ありません。近赤外線は大脳皮質を透過し、血液中のヘモグロビンに吸収されるという特性があります。また脳における感覚刺激などはニューロンの電位変化によって活動(賦活)すると脳血流が増加することが報告されており、NIRSを用いることで酸化ヘモグロビン(oxy-Hb)と還元ヘモグロビン(deoxy-Hb)、総ヘモグロビン(total-Hb)濃度を算出することができます。oxy-Hbは脳活動をよく反映し、本研究では脳血流の指標として、oxy-Hbの変化量に着目し、oxy-Hbを課題(思考刺激:足し算・引き算・しりとり、視覚刺激、嗅覚刺激)実施時と休息時に計測し、oxy-Hb動態から認知レベルを評価します。具体的には研究(1)として健常者(ALS好発同年代の60代を含む)の課題実施時および休息時のoxy-Hbを計測し、次に研究(2)として、重症度分類によるALS患者を対象にoxy-Hbを計測します。ALS患者では呼吸器を装着している者が多く、嗅覚刺激が受容器に到達するように、吸入器であるネブライザーを用いて鼻腔に噴霧します。最後に研究(3)として健常者とALS患者データとを比較し、課題遂行時の脳血流の違いから判断される認知レべルを評価し、意思疎通のためのコミュニケーション手段を検討します。実際の装置にはBluetooth搭載の携帯型近赤外線組織酸素モニタシステム「PocketNIRS Duo」を用いて、嗅覚刺激には臭気判定士の嗅覚検査用の5種類の嗅覚測定用基準臭を用いて、図2のような環境で5回計測しました。5種類の嗅覚測定用基準臭は一般的に快適な匂いとして花の匂い、あまい焦げ臭、熟した果実臭、また不快な臭いとして、蒸れた靴下の匂い、かび臭い匂いを選択しました。約3分間の休憩時間にフェイススケール用紙を用いて、快不快の程度と吸入した香りについての印象や感想を記入してもらいました。

基準臭の吸入の画像

図2.基準臭の吸入

進捗状況・今後の予定

 研究(1)として、若年健常者30人に実験の説明・依頼を行い、実験(1)を行った。結果は表1の通リで、蒸れた靴下の匂い、かび臭い匂いなどの不快な臭いの方が酸化ヘモグロビン濃度が高い傾向にありました。
 今後の予定としては、実験方法の最終確定を行い、被験者をスノーボール・サンプリング法で募り、選出依頼し、分析方法は課題実施時と休息時のoxy-Hbをt検定や分散分析で検討する計画です。

表1.基準臭による酸化ヘモグロビン濃度の変化

基準臭による酸化ヘモグロビン濃度の変化の画像