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アンジオテンシンII受容体拮抗薬は慢性腎臓病の骨脆弱性を一部緩和する

更新日:2020年9月28日 ページ番号:0000511

生体科学研究室 岩崎香子<外部リンク>

はじめに

 慢性腎臓病(CKD)は徐々に腎臓の機能が低下する疾患で、病態が進行すると末期腎不全となり透析療法や移植を必要とします。日本の透析患者数は33万人を超えており(1)、高血圧、心不全、不整脈、狭心症、脳血管疾患など循環器系の障害を高い頻度で合併しています。また透析患者では骨・ミネラル代謝異常も必発し、腎機能が正常な方よりも5倍以上骨折が起こっていることが報告されています(2)。透析患者の骨折は軽微な外力によって生じる「脆弱性骨折」で、骨折後の死亡率も一般に比べ高いことから骨折発生の予防や防止が重要です。
 今回私たちは、透析患者を対象とした臨床研究、腎障害モデル動物を用いた研究、培養細胞での研究から、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(AT-1RB)がCKDの骨折リスク要因の一つである骨の脆弱性を緩和しうることを見出したのでご紹介します。

臨床研究

 二次性副甲状腺機能亢進症を発症している透析患者を対象としたMBD-5D研究の調査結果を解析データとしました。このMBD-5D研究は3年間の前向き観察研究で、日常診療で得られるデータから、様々な因子間の関連を解明できるように計画された研究です。二次性副甲状腺機能亢進症を合併している日本国内の透析患者の約10%にあたる8,229名が登録されています。
 今回、MBD-5D研究に登録されている患者からランダムに40%の患者(3,276人)を選出し、骨折発生状況と関連因子を検討しました。対象者の平均年齢は63歳。約60%が男性の患者でした。3年間の観察期間中5.4%(178人)が骨折で入院していました。対象者には様々な薬剤が処方されていましたが、AT-1RBを服用していた患者は非服用者に比べ骨折での入院が少ないことが示されました(24.7% vs 36%,p=0.002)。また、AT-1RB服用者の全骨折による入院リスクのハザード比は0.57と有意に低いことが確認されました。

腎障害モデル動物を用いた研究(in vivo study)

 部分腎臓摘出術により腎障害を生じたラットを3群に分け、AT-1RB投与群(Olm群)、ヒドララジン投与群(Hyd群)、薬剤非投与群(Nx群)としました。合わせて腎機能正常群(Cont群)も設定しました。今回AT-1RBとしてオルメサルタンを用いています。(オルメサルタンとヒドララジンは、どちらも血圧を下げる薬剤です。)骨の貯蔵弾性率はCont群に比べNx群で68%、Hyd群で81%の低下がみられましたが、Olm群ではその低下が55%と、骨弾性率の低下が一部抑制されていました(図1a)。骨組織において、N群、H群では骨細胞が存在しない骨小窩数が増加していましたが、Olm群ではその増加も抑制されていました(図1b)。また、骨の材質特性である骨組成に関しても、Nx群でみられたハイドロキシアパタイト配向性低下や、ペントシジン/マトリックス比の上昇が、Olm群で一部緩和されていました。

腎障害モデル動物を用いた研究の画像

培養細胞を用いた研究(in vitro study)

 マウス頭蓋骨から骨細胞を単離し、実験に用いました。この細胞にアンジオテンシンII(AII)を添加すると用量依存性にアポトーシスによる細胞死が起こりました。AII添加時にオルメサルタンを同時に添加すると、アポトーシスが一部抑制されることが確認できました。この抑制効果はヒドララジン添加では見られませんでした(図2)。AII添加で誘導されるアポトーシスは酸化ストレスによるものであることも確認しています。

培養細胞を用いた研究の画像

3つの研究結果から考えられる仮説

 3つの研究結果から以下のことが考えられました。

  1. AIIは骨細胞に作用し、酸化ストレスを亢進することで骨細胞死を誘導する。また骨組織での酸化ストレスは骨材質を劣化させる。
  2. 骨細胞は荷重を感知するだけでなく、骨形成を行う骨芽細胞、骨を破壊する破骨細胞の機能調整を担うため、骨細胞の細胞死が起こると骨組織の荷重対応能として機能するハイドロキシアパタイトの配向性が低下し、骨の力学特性(骨弾性率)が低下する。
  3. CKDでは骨組織でAII濃度が上昇していることが報告されており、透析患者の骨折発生に、このメカニズムに基づく骨脆弱性の存在が関与する。このため、AT-1RB服用者の骨折発生が非服用者に比べ少なかったと考えられる。

おわりに

 今回ご紹介した結果は、8月に国際雑誌に受理されたばかりの最新の研究結果です。
Wakamatsu T, Iwasaki Y, Yamamoto S, et al. Type‐I Angiotensin II Receptor Blockade Reduces Uremia‐induced Deterioration of Bone Material Properties<外部リンク>. J Bone Miner Res.

First published: 12 August 2020.

 骨折のリスク因子として今まで候補に挙がらなかった昇圧物質(アンジオテンシンII)の寄与を明らかにした点が本研究のneuesです。「高血圧と骨折」という一見結びつかない二つの病態の形成や進展にアンジオテンシンIIが大きく関与しています。アンジオテンシンIIを含むRAAS(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系)のコントロールは、CKD患者だけでなく骨粗鬆症患者の骨折予防にも有効であると考えます。

 本研究は、新潟大学腎膠原病内科、福島県立医科大学腎臓高血圧内科、大阪大学大学院工学研究科、東海大学腎内分泌代謝内科、京都大学医学研究科などの先生方との共同研究です。

  1. 日本透析医学会.わが国の慢性透析療法の現況(2018年12月31日現在)
  2. Wakasugi M, et al. J Bone Miner Metab. 2013, 31(3):315-21.