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糖尿病をもつ成人期男性のセクシュアリティの看護ケアの質評価基準の評価~糖尿病教室における看護ケアの取り組みから~

更新日:2022年9月12日 ページ番号:0005179

成人・老年看護学研究室 森 加苗愛<外部リンク>

I. はじめに

 1999年、世界性科学会(World Association of Sexology : WAS)は「性の権利宣言」を公表し、セクシャル・ライツは「あらゆる人間が有する、生まれながらの自由、尊厳、平等に基づく普遍的な人権である。」ことが宣言されました。セクシュアリティは人間の基本的人権であり、人間の性は人間を全人的・包括的にみるセクシュアリティの概念でとらえるべきであるといえます(L.A.Kirkendall,1972)。
 糖尿病は、その病態や療養生活から男性のセクシュアリティに様々な影響を及ぼします。しかし医療システムや人材育成の課題(植木,2002;松岡,2006)、性に関する日本の文化的背景等から男性のセクシュアリティの問題は表面化し難く、その看護ケアは十分とはいえません。これらの現状から、患者は勃起障害(Erectile Dysfunction;ED 以下ED)等の症状に1人で悩み、偽造医薬品の内服から健康被害に至る症例が報告されています(吉田ら2008,Kao SL,et al 2009)。研究者はこれらの課題に対し『糖尿病をもつ成人期男性のセクシュアリティの看護ケアの質評価基準』を開発しました(森2021)。
 今回、糖尿病教室で本基準を取り入れた看護ケアを実践して評価を行ったため、その一部を報告します。​

II. 研究目的

 本研究の目的は、糖尿病教室で糖尿病をもつ成人期男性のセクシュアリティの看護ケアの質評価基準を取り入れた看護ケアを実践し、評価することです。​

III. 用語の定義

男性のセクシュアリティ
 個人の性的特性と性的対象者との相互作用とします。個人の性的特性には、性の関心度、性の重要度、自己の男性性、即ち自己の男性としての身体像やあり方などの価値観、思考、行動の内容、社会的役割、他者(社会)との関係性の評価が含まれます。
 性的対象者との相互作用には、共に過ごすこと、言語的コミュニケーション、スキンシップ、相互の思いやり、性行為のありさまが含まれます。​

Ⅳ.糖尿病をもつ成人期男性のセクシュアリティの看護ケアの質評価基準とは

 本基準は、医療の質を評価するDonabedian(1966)モデルに基づき『構造』『過程』『成果』の3側面から評価できるものです。『構造』は医療環境の整備18項目、『過程』は看護実践内容の25項目、『成果』は「患者からの成果」「家族(パートナー)からの成果」「看護師からの成果」「チームとしての成果」「医療機関職員からの成果」22項目の計65項目で構成されています。

Ⅴ.研究方法

1.調査期間:2021年8月5日~2022年2月24日

2.対象者:A病院の糖尿病教室に参加する男性

3.データ収集方法:糖尿病教室終了後の無記名式質問紙

4.内容:対象者の属性,「糖尿病と性の話を聞いた経験」,「教室の感想」,「要望」等

5.糖尿病教室の概要

1)看護ケアの実践者:慢性疾患看護専門看護師1名と糖尿病看護認定看護師1名が週1回行いました。

2)基準から取り入れた看護ケア

  1. 準備:看護師は、糖尿病とEDに関する知識習得や倫理的配慮の検討、糖尿病チームでは、目標の共有、ED治療薬の処方希望時や相談時の対応方法等の検討等行いました。
  2. 教室:看護師が男性の豊かな生を支援したい旨を伝え、糖尿病と男性の性、安全な薬物療法、相談等の資料を作成して行い、質問時間を設けました。

6.分析方法:単純集計,自由記述は質的帰納的に分析しました。成果22項目のうち、「患者からの成果」を評価します。​

Ⅵ.倫理的配慮

 大分県立看護科学大学の研究倫理・安全委員会の承認を得て実施しました(承認番号:19-87)。研究協力は任意とし、協力をしない場合でも不利益はないことを説明しました。回答は個人が特定されないように処理し、本研究の目的以外に使用しないこと、研究終了時には速やかに破棄することを説明しました。教室終了時、研究協力への説明を行い、無記名式質問紙を配布し、回収箱への投函により同意を得たとしました。​

Ⅶ.結果

 本稿では、結果の一部である看護ケアに対する感想について述べます。

1.対象者の概要
 参加者は64名、教室は26回開催しました。平均年齢は63.8歳、2型糖尿病が59名(92.2%)でした。参加者の概要を表1に示します。参加者の内55名(回収率85.9%)から質問紙の回答を得ました。​

対象者の概要

 

2. 看護ケアに対する感想
 28名の回答から32のコードを得ました。分析した結果、【糖尿病と性の問題について新たな正しい知識を得て生じた性への思いや気づき】【糖尿病と性の講義を聴き自己の身体感覚を振り返る】【得た知識を自己管理へ活用しようという思い】【今後の治療や相談に対し生じた思いや疑問】【糖尿病が性機能含め、全身性疾患であることへの実感】【自己の性への価値観の認識】【糖尿病と性の看護の取り組みへの感謝】の7大項目が導出されました(表2)。以下の4つの大項目の内容の一部をご紹介します。

【糖尿病と性の問題について新たな正しい知識を得て生じた性への思いや気づき】は、5つの中項目および11コードで構成され、コードで<間違った知識をもつと恐いね、今日の話をきけてありがたい><この講義は夫婦生活にとって大変重要なことだと思いました>等正しい知識を得た故に生じた思いや気付きが述べられていました。

【糖尿病と性の講義を聴き自己の身体感覚を振り返る】は3つの中項目および6コードで構成され、コードで<そういう事もあるなぁ、自分もか?って実感した>と自己の身体の感覚を振り返っての実感が述べられていました。

【得た知識を自己管理へ活用しようという思い】は2つの中項目および2コードで構成され、コードで<いい勉強になりました、これからEDを血圧や血糖値の参考に致します>と療養行動への活用を述べるものがありました。

【今後の治療や相談に対し生じた思いや疑問】は3つの中項目および7コードから構成され、コードで<薬をむやみにのまないようにと思う>等述べられていました。​

看護ケアに対する感想

Ⅷ.考察

 今回の看護ケアの取り組みにより、対象者は糖尿病と性に関する知識を得てその関連を実感しており、糖尿病をもつ自己の身体への関心を深め、身体感覚を振り返っていました。そして、それはED治療薬の安全性を考える等、今後の治療や相談への思いに繋がったといえます。また、男性は性の問題の理解を女性にも求め、夫婦にとって重要なことと捉えており、豊かな生を思考することにも繋がっていました。
 糖尿病を有する男性にとって、内皮障害の最も初期の兆候がED出現であるとされている(邵,2009)。糖尿病教室での看護ケアが、対象者の思考を“EDの症状を単に性の問題だけでなく、糖尿病療養行動に活かす思考”に導いたことは糖尿病看護を実践する上で評価できることといえる。また、EDを糖尿病合併症の指標とする説明は、性の問題を相談する際の羞恥心の緩和に繋がり、患者が相談への糸口を見出すことになると考える。
 今回の結果から、『成果』項目にある「患者からの成果」が示され、本基準は糖尿病をもつ男性の性に関する看護ケアの質向上への一助となると考えます。
 セクシュアリティは基本的人権であり、糖尿病をもつ男性の豊かな生の支援は看護師の重要な役割です。今後も本基準の更なる実践・検証が必要です。​

引用・参考文献

A Donabedian(1966):Evaluating the Quality of Medical Care ,The Milbank memorial fund quarterly, 44, 3, Part 2.

Kao SL,Chan CL,Tan B et al(2009):An unusual outbreak of hypoglycemia,NEngl J Med,360,734-736.

L.A.Kirkendall著 波多野義郎訳(1972):「現代社会における性の役割」、「性教育研究」・季刊創刊号,財団法人日本性教育協会編集,小学館,東京.

松岡孝(2006):糖尿病患者における勃起不全,プラクティス,23(1),16-17.

佐々木春明,永尾光一,ほか(2010):インターネットを介した偽造ED医薬品4社合同調査,日性会誌,25,19-28.

邵仁哲他(2009):EDを見たら血管病を疑え,治療,91(9),2236-2240.

植木彬夫(2002):神経障害によるED,診断・治療の現状と限界,Diabetes Frontier ,13,778-782.

森加苗愛(2021):糖尿病をもつ成人期男性のセクシュアリティの看護ケアの質評価基準の

  開発,日本性科学会雑誌,39,59-75.

吉田直彦,古川慎哉,上田晃久ほか(2008):糖尿病患者における勃起障害(ED:erectile dysfunction)の実態調査,愛媛医学,27,231-5.