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養護教諭課程を履修する看護学生の基本的心理欲求について

更新日:2023年2月13日 ページ番号:0005545

人間関係学研究室 吉村匠平<外部リンク>

はじめに

 本学は平成27年度に養護教諭の養成を開始しました。令和5年3月には第5期生が卒業します。これまでに65名が養護教諭の一種免許を取得し、このうち現在養護教諭として勤務しているのは23名です。教職課程を履修し免許を取得しても、実際に養護教諭として学校を職場として選択する人は、3人に1人ということになります。​
 本学は看護科学大学です。看護師国家試験の受験資格の取得が卒業要件になっています。養護教諭の免許を取得するための学習は、看護師国家試験の受験資格の学習に上乗せする形で進められます。看護師国家試験の受験資格を取得せず、養護教諭の免許だけを取得して卒業するというルートはありません。看護師養成のカリキュラムの合間を縫う形で、養護教諭免許取得に必要な科目が開講されるため、5時間目開講、土曜日の開講または長期休暇中の集中講義開講となる場合もあります。単位数にすると、養護教諭の免許を取るために、本学のカリキュラムであれば、25単位を余計にとる必要がでてきます。ちなみに、大学設置基準で定められた卒業要件単位数は124単位です。
 このような状況で履修を続けるのであれば、養護教諭になりたい人だけが履修するのだろうと考えてしまいそうなのですが、必ずしもそうとは言えないのは、先に述べた通りです。では、どのような学生が、看護系大学で、養護教諭の教職課程を履修しているのでしょう。このような問題意識から、表題の研究を行いました。
 具体的には、看護学部に在籍し、かつ教職課程を履修する学生が、どのように動機づけられているのか、Deci & Ryan(2000)が提唱した自己決定理論に基づいて検討しました。自己決定理論では、人間の基本的な心理欲求として、自律性欲求(自分のことを自分でコントロールしたい)、コンピテンス欲求(より効果的に周囲の環境とやりとりしたい)、関係性欲求(他者や集団とよりよく関わりたい)の3つの欲求を想定しています。調査を行う前のイメージとしては、このような欲求が強い人、意欲の高い人が、養護教諭の学習を継続できるのではないかと考えていました。​

方法

 対象は、看護系単科大学に在籍する1~4年生325名です。調査方法は、無記名自記式の質問紙調査を行いました。調査票は、①学年、②教職課程(養護教諭)を履修しているか、③養護教諭にどの程度興味があるか(「1. 全く興味がない~5. 非常に興味がある」の5段階評定)、④基本的心理欲求(大久保、加藤、2005):自律性、有能性、関係性について質問する尺度20項目(5段階評定)から構成しました。​

結果

 回収率は65.6%でした。
 最初に、今回の調査対象になった看護系単科大学の学生が、養護教諭にどの程度興味があったのかについて集計しました。「全く興味がない」が37名、「あまり興味がない」が68名、併せると全体の48.6%、看護系単科大学に通う学生のほぼ半数が、養護教諭には興味がないと考えていることがわかります。これに対し、「非常に興味がある」が26名、「やや興味がある」が58名、養護教諭に興味を持っているのは、全体の38.9%です。この結果に、本学の5期生までのデータを重ねてみます。この間の卒業生は、394名です。実際に免許を取得して卒業した人は全体の16.5%、養護教諭として学校に勤務している人になると5.8%です。本学では、この五年間平均すると毎年79名が卒業しています。養護教諭に興味がある学生が学年に約31名(79✕0.389)、4年間履修を継続し免許を取得して卒業する学生が約13名、養護教諭として学校に勤務する学生が約5名ということになります。
 次に、履修を続けた学生がどのように動機づけられているのかについて検討します。因子構造を確認するために、心理的欲求尺度20項目について因子分析(主因子法、プロマックス回転)を行いました。先行研究にならい、因子負荷量のカットオフポイントを0.4に設定し、3因子(親密性欲求、自律性欲求、承認欲求)16項目を採用しました。大久保・加藤(2005)では、Deci & Ryan(2000)が提唱した自己決定理論と同じように、関係性、自律性、コンピテンスの3因子が抽出されましたが、本研究では、コンピテンスへの欲求が独立した因子としては抽出されませんでした。その代わりに、大久保では、関係性欲求としてまとまっていた因子が、親密性欲求と承認欲求に分かれてまとまるという結果になりました。このような結果になった理由としては、データを収集した集団が異なっている(看護学部の学生のみを対象としたこと)ことが考えられます。これはこれで興味深い結果なのですが、そもそもの目的から脱線しますので、このまま先に進みます。どなたか本学に進学して、卒業研究で掘り下げてみてください。
 親密性欲求は、「周りの人は私に対して友好的であってほしい」「普段つきあう人は私のことを好きでいてほしい」「知り合いになった人とはうまくやっていきたい」など6つの質問項目から構成されています。周囲の人、関わる人と良好な関係を維持したい、仲良くしていたい欲求と解釈できそうです。
 自律性欲求は、「自由に考えや意見を表現したい」「毎日の生活で自分らしくいたい」「言われてやるよりも,自分で決めてやることを多くしたい」などの7項目で構成されています。自分のことは自分で決めたい、自分でコントロールしたいという欲求と解釈できそうです。この欲求は、大久保・加藤(2005)、Deci & Ryan(2000)の結果と一致します。
 承認欲求は、「毎日の生活で関わる人は私のことを気にかけてほしい」「毎日の生活でつきあう人に私の気持ちを考えてほしい」「自分が何かをしているときには,周りの人に上手だと言われたい」の3項目から構成されています。他者との関係に関する項目がまとまっているという点では、親密性と重なる部分もあるのですが、承認要求の方が、より他者から配慮や承認といった、他者からの配慮、心配りを積極的に求めるという点で違いがありそうです。10年ほど前に「かまちょ」という言葉が流行りましたが、この言葉と重なる部分があるようにも感じます。
 下準備が終わりましたので、本題に進みます。養護教諭課程の履修の有無、養護教諭への興味の有無で、これら3つの心理的欲求の平均値を算出しました。結果を表に示します。興味に関しては、「非常に興味がある」「やや興味がある」を興味あり、「あまり興味がない」「全く興味がない」を興味なしとして集計しています。​

各因子別の基本的心理欲求の平均点

 各因子の平均点に統計学的に意味のある差が認められるかどうか、履修ありと履修なし、興味ありと興味なしで検定にかけたところ、履修あり群の承認欲求の平均点と履修なし群の承認欲求の平均点に、有意に(統計学的に意味がある)差が認められることが明らかになりました。それ以外のところに関しては(例えば、興味あり群と興味なし群の親密性欲求の得点)、統計学的に有意な差は認められませんでした。​

考察

 以上の結果から、看護系単科大学で養護教諭の教職課程を履修している学生の承認欲求が、履修していない学生よりも低いということが示されました。これは、どういうことなのでしょう?この調査を行う前は、ハードな環境の中で養護教諭の履修を続けられるのは、きっと動機づけが高いからだと想定していたのですが、結果は、必ずしもそうではありませんでした。​
 先にも触れましたが、4年間履修を継続し免許を取得して継続する学生は、全体の16.5%です。看護系単科大学で養護教諭の教職課程を履修するということは、(少なくとも数の上では)少数派として4年間学習を続けることを意味します。これに対し、教職課程を履修しない学生~看護師の国家試験受験資格を得て卒業する学生は、多数派と考えることができます。
 私たちの身の回りを振り返っても、多数派に所属している方が、少数派に所属するよりも、他者からの承認を受ける機会は増えます。(承認してくれる)他者の数がそれだけ多くなるからです。社会心理学の社会的影響モデルでは、単純化された状況でコンピュータシミレーションを行い、時間経過に伴い、多数派が人数を増やし、少数派が人数を減らすというモデルを示しています(高木、2022)。実際、1年次の最初の教職科目では30名前後の学生が履修登録をしますが、卒業まで履修を継続する学生はこの半数前後です。社会的影響モデルの言葉を借りれば、少数派から多数派に移行したということになり、これはこれで合理的な行動だと解釈できます。
 このような「多数派-少数派」という視点から、今回の結果(履修あり群の承認欲求が低い)を解釈すると、少数派として履修を続けるということは、学内で承認される機会がより少なくなることを意味するため、承認欲求を低く維持することによって、少数派として環境との適合性を保とうとしていると考えることができそうです。
 養護教諭の免許は、色々な学部学科で取得することができます。多数派として履修するコースがあれば、少数派としての履修になるコースもあります。また、少数派になる場合に、多数派がどのような集団になるのかも学部学科によって様々です。なので、ぜひしっかりと事前の進路研究を欠かさないようにしてください。高校生の皆さんが進路を選択する際に少しでも参考になれば幸いです。

 本研究は、人間関係学研究室の卒業論文生教員と共同で行った研究です。

引用文献

Deci,E.L.,& Ryan.R.M. 2000 The“What”and“Why”of goal pursuit:Human needs and the self-determination of behaivior. Psychological Inquiry, 11, 227-268.

大久保智生・加藤弘通 2005  青年期における個人-環境の適合の良さの仮説の検証 教育心理学研究 第53号 368-380.

高木英至 2022  少数派は意識高い系になる 埼玉大学紀要(教養学部)第57巻 39-52.​