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βセクレターゼ欠損マウスのネグレクトの原因探究

更新日:2023年6月7日 ページ番号:0005946

生体科学研究室 濱中良志<外部リンク>

緒言

 βセクレターゼ(Beta-site amyloid precursor protein cleaving enzyme 1, BACE1)は、細胞分化、免疫調節、細胞死などの様々な生理学的プロセスで複数の機能を持つアスパラギン酸プロテアーゼである(Wang H. et al 2013)。BACE1の代表的な作用として、アミロイド前駆体タンパク質を切断することによるアミロイドβ(Amyloid beta : Aβ)の生成が挙げられる(Araki W 2016)。
​ BACE1欠損マウス(以下KO型マウス)は、野生型マウス(以下WT型マウス)における時間あたりの行動量の平均値を比較すると、KO型群では、WT型群に比べて暗期(21時-9時)で有意に低下していた(蓮見 2021)。これらのことから、BACE1KO型マウスは、成長遅延が生じているだけでなく、行動変容が起こっていることが明らかになってきた。
​ 分娩から育児の時期に関係する代表的なホルモンはオキシトシンである。オキシトシンの主な生理作用は,分娩時の子宮筋収縮作用と授乳時の射乳反射を惹起することである。オキシトシンが高次脳機能に与える影響は、母性行動の促進、社会性への関与などである(加藤ら 2013)。
​ 本研究では、KO型雌マウスの出産・育児の状態を正確に把握し、ネグレクトの原因を探求するため、KO型群、WT型群を用いて、血中オキシトシンを測定し検討した。

結果

飼育したWT型群とKO型群の妊娠、出産、育仔の比較
 WT型雌マウスは3匹中すべて育仔を行った。KO型雌マウスは仔の回収行動が見られず、3匹中、すべて育仔を行わなかった(表1)。

表1 WT型群とKO型群の妊娠・出産・育仔について

出産後のWT型雌マウスとKO型雌マウスの血中オキシトシン濃度の比較
 9週齢WT型雌マウス(出産後)とKO型雌マウス(出産後)から血清を得て、ELISA法でそれぞれオキシトシン濃度を比較した。図1に示されているように、WT型雌マウス(出産後)における血中濃度の平均48.11pg/mlであり、KO型雌マウス(出産後)におけるオキシトシンの血中濃度の平均は199.45pg/mlであった。この結果より、WT型雌マウスに比べてKO型雌マウス(出産後)は、有意水準5%以下の(p=0.021)で、有意差が認められた。よって、KO型雌マウス(出産後)は、WT型雌マウスと比較して血中オキシトシン濃度が上昇していることが示された。

出産後マウスの血中オキシトシン濃度の比較

考察

 今回の実験では、WT型雄マウスと雌マウス(非妊娠時・出産後)、KO型雌マウス(出産後)の血中オキシトシン濃度を測定した。その結果、KO型雌マウス(出産後)は、WT雌(出産後)マウスに比べて血中オキシトシン濃度が上昇していた。
 よって、KO型雌マウスにおけるオキシトシンの分泌量に問題はないことが判明した。中枢神経系に分布するオキシトシン受容体が機能しないことによるネガティブフィードバックによって、オキシトシンの分泌量が増加している可能性が考えられる。脳にBACE1が多く発現していることから、BACE1が欠損することで、中枢神経系に影響を与えていることが可能性として考えられる。KO型雌マウスによるネグレクトは、中枢神経系に分布するオキシトシン受容体が機能しないことによって高次脳機能に何らかの異常が生じ、母性行動が促進されなかったことが原因である可能性が考えられる。