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裁量拡大された看護師が経験する倫理的問題に関する研究

更新日:2023年7月7日 ページ番号:0006033

老年看護学研究室 小野美喜<外部リンク>

はじめに

 ケアの中で看護師は倫理的問題を経験します。特に「患者の抑制や鎮静の問題」、「十分な看護ケアができない人員配置」、「患者の尊厳を尊重する役割」の問題を経験する頻度が高いとされてきました(文献1,2,3等)。看護師が倫理的問題を解決できるように問題を精査し、倫理教育につなげています。
 しかし、社会の変化とともに看護師の裁量範囲は拡大されています。その1例が診療看護師です(注釈参照)。役割上、診療や治療のプロセスに関わる場面が多く、新たな問題に遭遇する可能性があります。海外では治療の意思決定に問題を抱えています(文献4,5)。裁量範囲が拡大された看護師の倫理的教育を考えるために、そこで診療看護師が経験する倫理的問題について調査しました。その研究を紹介します。

注釈)診療看護師;大学院修士課程で育成され、日本NP教育大学院協議会のNP資格認定を受けており、診療の補助として特定行為を医師の包括的指示のもとで実施する裁量をもつ

方法

 診療看護師249名に無記名自記式質問紙調査を行いました(調査期間 2016年11月~2017年3月)。過去一年間に経験した倫理的問題について回答を求めました。倫理的問題はFry他(1997) が開発した「ETHICS and HUMAN RIGHTS in NURSING PRACTICE」に提示された問題に筆者らの先行研究による新項目を追加しました。合計40項目の倫理的問題について経験頻度や悩みの大きさを調べ、診療看護師の教育背景との関係を分析しました。

結果

​①経験頻度が高かった倫理的問題
 40項目中で経験頻度が高かった問題は、「患者の安全確保のために身体抑制や薬剤による鎮静をすること、或いは鎮静しないこと」、「患者の権利と尊厳を尊重すること」、「患者に十分な看護ケアを提供できない看護師の人員配置に関すること」、「医療従事者として非倫理的であったり、能力が低かったり、不適切な行動をとる同僚と働くこと」の順でした。頻度の高さと看護師の教育背景による違いはありませんでした(表1参照;経験頻度の高い問題を抜粋提示)。

倫理的問題と教育背景との比較

②診療看護師の悩みが大きな倫理的問題
 40項目中で診療看護師の悩みが大きかった問題は、「あなたと医師との信頼関係の構築が難しいと感じること」、「あなたと看護の上司や同僚から受け入れてもらえていないと感じること」と、医師や看護師との対人関係の問題が上位でした。次に「患者の安全確保のために身体抑制や薬剤による鎮静をするすること、或いは鎮静しないこと」、「患者に十分なケアを提供できない看護師の人員配置に関すること」の順であり、経験頻度が高い問題も悩み大きな問題となっていました。​

考察

 診療看護師の実践上で経験頻度が高かった問題は、これまでの看護師と同様であり、教育背景の影響もありませんでした。「患者の身体拘束・鎮静をすること、しないこと」「患者の権利擁護」「十分なケアを提供できない人員配置」は、看護実践上の倫理的問題として、頻回に長く変わらず存在し続けているといえます。
 また、診療看護師の悩みの大きな問題は、医師との信頼関係の構築や、看護師の上司や同僚との対人関係にありました。診療看護師は医師の診療を補助する裁量が拡大され、医師と看護師との間に立つことが多くあります。各専門職の独自の価値観、ルール、規範は、異なる教育プログラムで育成された専門職の認識と矛盾する場合があり、専門職の障壁が報告されています(文献6)。日本で誕生したばかりの診療看護師が直面している問題と考えます。専門職間の障壁は、看護師自らが問題解決する力を養う倫理教育だけではなく、組織で意思統一された取り決め等を整備する必要があると考えます。

 この研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)「看護師の裁量範囲の拡大により生じる倫理的問題と倫理教育あり方に関する研究」(18K10245)の助成を受けて実施したものであり、日本看護倫理学会誌(2021)VOL.13 NO.1 p56-62に公表した論文の一部です。​

引用参考文献​

  1. 小川和美,寺岡征太郎,寺坂陽子,江藤栄子.臨床看護師が体験している倫理的問題の頻度とその程度.日本看護倫理学会誌.2014;6(1):53‒60.
  2. 坂東委久代,秋山智弥,井沢知子.看護師が臨床現場で体験する倫理的問題.京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻紀要.2011;第7巻:49‒55.
  3. 水澤久恵.病棟看護師が経験する倫理的問題の特徴と経験や対処の実態及びそれらに関連する要因.生命倫理.2009;19(1):87‒97.
  4. Laabs CA. Moral problems and distress among nurse practitioners in primary care. Journal of the American Association of Nurse Practitioners.2005; 17(2): 45‒84.
  5. Laabs CA. Primary care nurse practitioners’integrity when faced with moral conflict. Nursing Ethics. 2007; 14(6): 795‒809.
  6. Dabney C、Hanson C; Hamric AB, Hanson CM, Tracy MF, et al./中村美鈴,江川幸二訳.2020. 高度実践看護統合的アプローチ.第6版.第12章 コラボレーションp328-331.東京:へるす出版.