X線繰り返し照射による白血病発症リスクへの影響:放射線誘発急性骨髄性白血病モデルを用いた検討
環境保健学研究室 恵谷玲央<外部リンク>
はじめに
子供や若年者の放射線被ばくは、急性骨髄性白血病(Acute myeloid leukemia; AML)や脳腫瘍などのがんリスク増加と関連しています。医療被ばく、特に頭部CT検査の増加により、小児期の白血病発症リスクが高まる可能性が近年の疫学調査で指摘されています[1, 2]。しかし、CT検査などの頭部への部分照射、特に繰り返し行われる検査が白血病発症プロセスにどのように影響するかについては、まだ多くの不明な点があります。がん発生のメカニズムを明らかにすることは、放射線リスク評価や線量条件の最適化において重要です。
AMLは、放射線によって人間に誘発される代表的ながんの一つです。放射線誘発急性骨髄性白血病(radiation-induced AML; rAML)に関する研究では、特定のマウス(C3H系)に放射線を照射すると、照射線量に比例してrAMLが発症することが知られています。これらのマウスの造血幹細胞では、2番染色体上のSfpi1遺伝子領域に片側欠失が頻繁に観察され、これが白血病幹細胞化の可能性を高めるとされています。
私たちの研究室では、放射線による健康リスクを解明するために、これまでにC3Hマウスの骨髄中の造血系細胞を用いた実験を行ってきました[3, 4]。これまでの成果として、rAML発症に寄与するSfpi1遺伝子を欠失した細胞の細胞動態を解析することでrAML発症が線量・線量率に依存することなどを明らかにしてきました。しかし、放射線による白血病発生のメカニズムについては、まだ不明な部分が多く残っています。
本研究では、放射線の頭部への繰り返し部分照射がどのように白血病発症プロセスに関与するのかを明らかにする目的で、マウス頭部にX線を単回照射と繰り返し照射し、造血幹細胞に与える影響を比較検討しました。特に、rAML発症に必須と考えられているSfpi1遺伝子の変異を指標に解析しました。ここでは、その結果の一部を紹介します。
方法
rAMLモデルマウスであるC3H/HeNマウス(♂, 8週齢)の頭部に、X線照射装置を用いて1Gyを単回照射(単回照射群)または0.1 Gyを24時間間隔で10回繰り返し照射(繰り返し照射群)しました。照射後1、4、12および26週目にマウス頭蓋骨中の骨髄細胞から造血幹細胞を分取し、造血幹細胞数と2番染色体上のSfpi1遺伝子欠失型異常の割合を解析しました。
結果
単回照射群および繰り返し照射群の両方で、照射1週間後に造血幹細胞数が減少しました。その後、減少した造血幹細胞数は回復傾向を示し、照射後26週目までにコントロールレベルにまで回復しました。この時、Sfpi1遺伝子欠失を有する造血幹細胞の割合は照射1週間後に増加し、繰り返し照射群と比べて単回照射群の方が大きく増加しました(図1)。しかし、その後、Sfpi1遺伝子欠失を有する造血幹細胞は照射4週目から26週目にかけて減少傾向を示しましたが、この減少は単回照射群の方が緩やかで、単回照射群におけるSfpi1遺伝子欠失は26週目でも高値を維持していました。
まとめ
マウス頭部へのX線単回照射または繰り返し照射により、rAML発症に関与するSfpi1遺伝子を欠失した造血幹細胞が生じました。しかし、短期間での合計線量が同じ場合でも、Sfpi1遺伝子を欠失した造血幹細胞の発生頻度は間隔を設けた繰り返し照射よりも単回照射で高いことが示されました。今回の結果から、Sfpi1遺伝子を欠失した造血幹細胞の細胞動態は照射方法によって影響を受け、特に単回照射ではSfpi1遺伝子を欠失した造血幹細胞が残存し続ける傾向が見られました。これは、部分照射においても一回線量と照射頻度が白血病発症に関わる重要な因子である可能性を示唆しています。低線量X線の繰り返し照射は、白血病発症プロセスに影響しない可能性があり、臨床においても撮影条件を最適化し一回線量を低減することがAML発症リスク低減に寄与すると考えられます。今後はより低線量の照射条件で検討を進める予定です。
本研究の一部は,科学研究費補助金(119K20451)の助成を受けたものです。本研究に対しご協力いただいた皆様にこの場をおかりして御礼申し上げます。
参考文献
- Pearce M et al. Radiation exposure from CT scans in childhood and subsequent risk of leukaemia and brain tumours: a retrospective cohort study. Pediatr Radiol, 2013, 43: 517-518.
- Hauptmann M et al. Brain cancer after radiation exposure from CT examinations of children and young adults: results from the EPI-CT cohort study. The Lancet Oncology, 2023, 24.1: 45-53.
- Ojima M et al. Dose-rate-dependent PU. 1 inactivation to develop acute myeloid leukemia in mice through persistent stem cell proliferation after acute or chronic gamma irradiation. Radiation Research, 2019, 192.6: 612-620.
- Etani R et al. Cellular kinetics of hematopoietic cells with Sfpi1 deletion are present at different frequencies in bone-marrow and spleen in X-irradiated mice. International Journal of Radiation Biology, 2020, 96.9: 1119-1124.